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0から分かる韓国の戒厳令
2024年12月3日夜10時ごろ、韓国のユン・ソンニョル大統領が「非常戒厳」を宣言した。それってつまりどういうことなのか、なぜそんなことが起こったのか、というところを興味本位で調べてみた。
多分、以下のような疑問には答えられると思う。
戒厳令ってなに?非常事態宣言と何が違うの?
戒厳令って、過去どんな状況で布告されて、その時何が起こったの?
韓国の大統領が突然戒厳令を発表するなんて、そんなことそもそも可能なの?
ユン大統領はこれまで、政治的にどんな状況に置かれていたの?
ユン大統領の韓国における支持率ってどれぐらいなの?
戒厳令の直接的な原因になったことって結局何?
韓国って今安全なの?
情報源について
今回は以下のような情報をチェックしてまとめています。どれだけ正しいかは不明。
日経新聞
Youtube
Wikipedia
そのほかのウェブサイト
※記載の情報が正しいかどうかは、ご自身でご判断ください。
戒厳令とは
戒厳令についての一般的な定義は以下のとおり。
一般的には指定地域で、国の統治権の全部または一部を軍に移行し、市民の権利や自由を保障する法律の一部効力停止を宣告する命令。
一般的には、テロなどによる治安悪化、過激な暴動など、軍事力を行使して中止させる必要があるようなことが起こった場合に発令されるもの。
自然災害やパンデミックの際に布告される緊急事態宣言との違いは、権限を発動する主体。
緊急事態宣言の場合は、国や地方政府が法令に基づいて特殊な権限を発動する。一方で戒厳の場合は、軍が権限をもつ。
日本では、明治憲法下の1923年の関東大震災や1936年の二・二六事件などの際に発令された。現行の日本国憲法においては規定がない。
韓国では、1948年から1981年にかけて、8回にわたって戒厳令が布告されている。
1972年、1979年の戒厳令について、もう少し詳しく見てみる。
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パク・チョンヒは、1961年5月16日に5.16軍事クーデターを起こして当時の体制を崩壊させ、1963年〜1979年(16年間)まで大統領を務めた人物。1979年に大韓民国中央情報部の部長により暗殺された。第18代大統領のパク・クネの父。
彼は、1972年の非常戒厳下において憲法改正を行なった。改正された点はいくつかあるが、「大統領の任期を4年から6年に延長、重任制限は撤廃。」として、自らの権力を維持しようとした。
チョン・ドゥファンは、パク・チョンヒ大統領暗殺事件の捜査を担当した人物。当時、1979年10月16日から始まった民主化デモをきっかけに戒厳が布告されていた。その後、パク・チョンヒの暗殺などさらに混乱が拡大し、チョン・ドゥファンは1980年5月17日に「5.17非常戒厳令拡大措置」を実施して対象の地域を全体に拡大。当時の大統領チェ・ギュハはそれを追認せざるを得なかった。
戒厳令下において、チョン・ドゥファンも憲法改正を行なっている。
「大統領の選挙は選挙人団による間接選挙制で、任期は7年単任制に」となり、さらに任期が延長された。ただし、「大統領の任期延長のための憲法改正は憲法改正当時の大統領に対しては適用を除外」とされている。
ちなみに、現在の韓国の憲法では、大統領の任期は5年、再選は不可となっている。
これまでの韓国の歴史においては、戒厳令布告のきっかけは、国民によるデモ活動や軍部によるクーデターである場合が多い。
パク・チョンヒ、チョン・ドゥファンは韓国の軍部出身である。故に、戒厳令を使いこなして、自らの権力を維持・拡大してきた。
韓国が軍事政権を脱したと言えるのは、1987年6月29日の民主化宣言以降。この宣言をチョン・ドゥファン大統領が受け入れたことをきっかけに、大統領直接選挙制など民主制度を取り入れた新しい憲法が確定した。
ただし、1992年に成立したのは政治家と軍部の連立政権であり、軍部の影響力が残っていた。
今回の戒厳令は、韓国が民主化を成し遂げ、軍事政権を脱して以降初めての布告になる、ということだ。
韓国の大統領がもつ権限
大統領は国家元首(第66条1項)、行政権を有する政府の首班(第66条4項)、かつ韓国三軍(陸・海・空軍)の統帥権保有者(第74条1項)である。その上、大統領は立法及び司法に直接関与する権限を有していないが、立法権(第53条2項)や司法権(第104条1項)の一部に影響を与えうる権限を持っている。
副大統領職は無く、国務総理が大統領の補佐と非常時の権限代行を担う。
大統領には不逮捕特権(第84条)と非常措置権(第76条)が与えられているが、その発動には制約が加えられている(詳細は大統領の権限および義務参照)。また、大統領には立法府である国会の解散権はなく、公民権の停止も認められていない。
大統領は「戒厳令の宣布」の権限を持っている。一方で、「国会への戒厳令布告の報告、及び国会が出す戒厳令解除要求に従う」義務を負う。
そのため、戒厳令を布告した直後、国会議員が国会議事堂に入れないように、軍や警察を動かすようなことは、大統領の義務に反している。
ユン・ソンニョル大統領の当選に至る経緯
ユン・ソンニョルは、1960年12月18日生まれ。司法試験への挑戦10回目で合格。1994年に検事になる。その後、2019年 検事総長に就任。
保守系のパク・クネ(朴槿恵)元大統領やイ・ミョンバク(李明博)元大統領をめぐる贈収賄事件などで行った徹底した捜査が革新系のムン・ジェイン(文在寅)前大統領に評価され、2019年に検察トップの検事総長に抜てきされました。その後、ムン前大統領の側近だった法相の疑惑を追及するなどして政権との対立が深まり検事総長を辞任しましたが、真っ向から政権と対じした姿が支持され、政界入りへの待望論が高まりました。
検察時代に、歴代大統領を含む権力者に立ち向かっていくような捜査をしていたことで、国民の人気を獲得していた。
政界に転身したのは、2021年。当時の保守系最大野党「国民の力」に入党。当時の与党「共に民主党」の候補者に僅差で勝利し、2022年に大統領に就任した。
政治家としての経験がほとんどないまま、大統領に就任しており、政治的な能力が低いと指摘されている。
政策の方向性
2022年の大統領選挙でユン氏が勝利したことで、韓国の政権は革新派から保守派に変わった。そのため、前政権とは政策の方向性が大きく異なっている。
まず外交面については…
経済政策については…
尹大統領は「民間・市場が主導し、経済の体質を変えていかなければならない」と強調した。
違いについて簡単に整理したものが以下である。
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ユン・ソンニョルは、北朝鮮に対しては強硬な姿勢で、日米との安全保障上の協力関係を重視した。日本人にとって印象深い通り、日本と韓国の関係改善に対して積極的であった。
また、経済政策については自由主義的な立場で、民間・市場主義によって経済成長を促すことを重視していた。直接的な賃金の引き上げよりも、人材の育成や賃金体系の改善に注力しようとしていた。
支持率の低下
日経新聞の記事によると、世論調査会社「韓国ギャラップ」の調査でユン・ソンニョル大統領の支持率が大きく下落している。
就任直後、政界進出前の印象が良かったこともあり、支持率は50%近くあったが、2022年の後半の段階で、30%程度にまで下がっている。
その原因について、2022年9月の記事では以下のように言われている。
尹大統領の支持率が急落した主な理由として、①閣僚人事の失敗や側近の重用、②経済政策の不在、③経験不足などが指摘されている。
ただし、これらの理由はこれまでの大統領にも当てはまるような内容だとした上で、さらに以下の理由が挙げられている。
①ねじれ国会になっており、野党と対立しているため、改革が進まない
2022年3月の大統領選挙で保守党「国民の力」は、政権交代に成功した。また、2022年6月の地方選挙でも勝利した。しかし、国会の多数は野党「共に民主党」である。そのため、与党「国民の力」主導の改革は全く進まない状況だった。
国会の総選挙は4年ごとにあり、2022年以降の直近の選挙は2024年4月である。
②メディアによる擁護射撃が少ない
韓国の大統領は、マスコミの役員を任命できるが、2022年9月時点では、ムン・ジェイン氏が任命したものが多く残っていた。そのため、メディアを味方につけることができなかった。
また、保守寄りのメディアについても、政権交代の勢いで中道派の読者を獲得するため、ユン大統領を擁護するような強い主張をしていないと言われている。
③与党「国民の力」内部の分裂
ユン大統領の側近と、党の元代表が対立している。それを見た国民の与党離れが加速している。
④ユン氏の妻、キム・ゴンヒ夫人を巡るスキャンダル
株価操作に関与した疑惑、知人から不法に高額ブランドバックを受け取った疑惑などがある。
上記のような理由で、就任後1ヶ月の間に大きく支持率が低下していた。とはいえ、2022年以降支持率は30%程度で低位安定していた。
しかし、4月の総選挙で与党側が過半数確保に失敗した影響で、20%台にまで低下。さらに、2024年11月第1週の調査では17%にまで低下した。
歴代の大統領(ムン・ジェイン氏の45%、パク・クネ氏の37%)と比べても格段に低くなっている。
韓国で行われているストライキ
2024年11月のニュースで、「韓国の鉄道・地下鉄の労働者や、学校の給食や警備、環境美化などを担う教育公務職の従事者約7万人が来月5~6日に一斉にストライキを行う。」ことが報道されていた。
労組側は「合同ストライキは国民の生命と安全、労働基本権を守り、差別撤廃を勝ち取るためのもの」とし、「ストの原因を提供した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は速やかに退陣すべきだ」と主張した。
業界を超えて横断的にストライキが起こっており、国民の生活にも影響を与えている。
ユン・ソンニョル大統領の政策の方向性として、賃金の引き上げに注力されていない印象があったこともあり、ストライキの中で大統領の退陣を要求するような声も上がる状態だった。
大統領と野党の激しい対立
そもそも、背景として大統領と野党の対立が激しくなっており、歩み寄りが全くできない状態になっていることがある。
来年度予算の「ゼロ・ショック」
予算の政府原案に対して、野党が国会で単独可決した案によって、大統領秘書室・国家安保室、検察、観察院の特別活動費などが全額削られた。これが「ゼロ・ショック」と呼ばれている。
特別活動費は、対外的に公開されない情報収集や捜査などに当てられる予算であり、全額削られたとなれば治安を維持できない。
大統領は、予算案に拒否権を行使できない。
政府幹部の弾劾訴追
野党によって政府幹部への弾劾訴追の発議が続いていた。
革新派野党が北朝鮮と結びついているのでは?という疑い
ユン大統領は、親北朝鮮の野党革新派を「反国家勢力」とみなしているようだ。
2023年8月15日の「光復節」の演説でも「共産全体主義に盲従し、操作扇動で世論を歪曲(わいきょく)し、社会をかく乱する反国家勢力が依然として横行している」と語っている。尹氏は、韓国という国家のアイデンティティーを形成する歴史として「抗日」より「反共」を重視する。
革新派野党は親北朝鮮の姿勢、保守派与党は北朝鮮に対して強い抑止力を持つべきだという姿勢を取るため、真っ向から対立する。
故に、「北朝鮮スパイ」と保守・革新の対立構造は切っても切り離せない関係にある。
2023年2月の時点で、検察は北朝鮮と野党の関係をめぐって、野党「共に民主党」の代表イ・ジェミョン氏の周辺に注目をしていた。これにはユン大統領の意向が強く影響している。
2023年9月18日、イ・ジェミョン氏は北朝鮮に巨額の不正送金をさせた疑いで、韓国検察によって逮捕状を請求されていた。しかし、2023年9月27日時点で、不正送金については立証が不十分と判断され、裁判所によって逮捕状請求が棄却された。
ちなみに、イ・ジェミョン氏に対してはこれ以外にも多くの逮捕状請求があり、棄却されていないものもある。司法リスクが高い状態だ。
2024年12月3日の戒厳令について
ユン・ソンニョル大統領は、12月3日に以下のように発言している。
北朝鮮の共産勢力の脅威から大韓民国を守るため、
国民の自由と幸福を略奪する卑劣な親北朝鮮の反国家勢力を根絶するため
そして自由な憲法秩序を守るために非常戒厳を宣布します。
韓国の戒厳司令部が発表した布告には以下のような記載がある。
①国会と地方議会、政党の活動と政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁じる。
②自由民主主義体制を否定し、転覆を企てる一切の行為を禁じ、偽ニュース、世論操作、虚偽扇動を禁じる。
③すべての言論と出版は戒厳令によって管理される。
④社会混乱を助長するストライキ、サボタージュ(怠業)、集会行為を禁じる。
⑤専攻医をはじめとして、ストライキ中や医療現場を離脱したすべての医療関係者は48時間以内に本業に復帰して忠実に勤務し、違反時は戒厳法によって処断する。
⑥反国家勢力など体制転覆勢力を除いた善良な一般国民は、日常生活での不便を最小化できるよう措置する。
布告令の違反者に対しては令状なしに逮捕、拘禁、押収捜査、処断がする、とした。(戒厳法第9条、第14条に基づく)
戒厳令布告の原因として考えられていること
12月7日以降くらいから、戒厳令の布告の原因として、色々なことが言われるようになっている。
2024年4月の総選挙における不正の疑惑?
2024年12月6日、韓国の中央選挙管理委員会は、戒厳令が布告された12月3日の夜に、軍部隊の戒厳兵300人が選管庁舎など関連施設に侵入していたことを明らかにした。
キム・ヨンヒュン前国防相は、12月5日SBSテレビの取材に対して、選管庁舎に戒厳兵を投入したのは、4月の総選挙での不正疑惑について捜査の必要性を判断するためだったと主張した。
一般的に、選挙をめぐる不正疑惑は、一部の保守系ユーチューバーが主張する陰謀論と受け止められている。
キム・ヨンヒュン前国防相が黒幕?
キム・ヨンヒュンは軍出身で合同参謀作戦本部長などを歴任した人物。ユン大統領と同じ高校出身で、1年先輩に当たる。
彼が今回の黒幕であるとも見られている。そもそも戒厳令は軍に権限を移管するものなので、軍部に協力者や賛同者がいる状態でなければ意味がない。
彼は、軍に戒厳令の実施を命じた責任を認めており、「国民に懸念と混乱を引き起こしたこと」を遺憾に思うと述べている。
キム・ヨンヒュンは、12月4日の時点で辞表を提出している。
北朝鮮のスパイを徹底的に摘発したかった?
2023年2月のニュースによると、当時ユン大統領の意向を背景に、韓国の情報機関国家情報院が北朝鮮スパイ網の大規模な摘発に乗り出していた。
その際、野党の支援組織である労働組合の捜査にも踏み込んだ。
2023年1月下旬には国家情報院と警察が反政府団体の関係者4人を国家保安法違反の疑いで逮捕したが、彼らは、労働組合や政党、市民団体に入り込んで、北朝鮮に有利な世論を醸成しようとしたとされる。
それに先立つ1月18日には、労働組合の中核組織「全国民主労働組合総連」の本部を家宅捜索していた。その団体の幹部は、2016年以降、複数回に渡って北朝鮮の工作員と接触したとされている。この時逮捕された3人に対しては有罪判決が下されている(こちら)。
革新派勢力は、ムン・ジェイン政権において、国家情報院のスパイ捜査権を警察に移管する改正法を成立させている。それに対して、警察では力不足なのでは、という声もある。当時の大規模な捜査は、改革に抵抗する国家情報院の組織防衛の側面もあった。
大統領夫人キム・ゴンヒの新たなスキャンダルを恐れていた?
韓国メディアが「政治ブローカー」と報じるミョン・テギュン氏と大統領夫人の会話の録音が暴露された。
ミョン氏は政治資金法違反の容疑で逮捕・収監されており、ユン大統領は新たな問題が出てくる展開を恐れていた。
ここまでいくつか考えうる理由を列挙してみたが、何が正しいのかは、大統領本人が語るのを待つしかないのかもしれない。そもそもここにはない理由かもしれない。
今の韓国は安全なのか?
外務省の海外安全ホームページでは、特に渡航を禁止するような表示はない。ただ、国会周辺でのデモに巻き込まれないように、と注意喚起がされている。
終わりに
アメリカの民主党と共和党の対立が激しいことはなんとなく知っていたけど、韓国も同じように強い対立があったのだと知った。これまで全く知らなかった。(K−POPアイドルなら結構知っているのに)
しかも、北朝鮮と戦争中(一時休戦中であるが)という状況の中で、北朝鮮に対する態度も政党によって真逆なので、国家安全保障の観点からも焦りが生まれて、厳しい状況になりやすいのかもしれない。
2022年の大統領選で政権は変わったが、ねじれ国会だったために、思うように政策を実行できない状態が続いていた。2024年4月の総選挙でも与党が過半数を獲得できなかったために、状況は全く改善しなかった。その影響で支持率が下がっていることを考えると、状況はさらに悪くなっていると言える。
ユン大統領、与党にできることは、もう本当にないのかもしれない。ここでユン大統領が退陣したら、次は「共に民主党」が政権をとるのだろうか。そしたら、また日本との関係は悪くなるのだろうな…。「共に民主党」の代表イ・ジェミョン氏は「韓国のトランプ」と言われているらしい。大変だなあ。
こうやって腰を据えて一つのことを調べて見るのはやっぱり面白かった。日本の政治もちょっと不安だからこれから調べてみようかな。
ニュースは見ているけど、1つ1つを繋ぐ何かを見つけるのは難しい。でもそれができて初めて「世の中をわかっている」ということになるんだろうな。