⑩ プロフェッショナルと論理

「理由づけ」の存在を認識し、省略されている「理由づけ」についても考えられるようになってきた学生に対し、実際の看護現場における問いを考えさせることによって実感的に「理由づけ」の大切さを把握させました。
問いは以下の通りです。

 <患者受けのいい看護師看護師さん>
(『わかりあえないことから』平田オリザ・2012・講談社より「鷲田清一・前大阪大学総長の話」を参考とした>
ダメな看護師さんというのはわかりやすい。患者さんが、
「胸が痛いんです。」
と言ってくると、
「どうしよう、大変だ。先生を呼びに行かなくちゃ。」
と自分もパニック状態になってしまうような人。これはダメだ。
標準的な看護師さんは、「胸が痛いんです」と言われると、
「どこが痛いのですか。」「どのように痛いのですか。」
「いつから痛いのですか。」「今までと比べてどのように違いますか。」
などど問いかける。
しかし、患者さんに受けのいい、コミュニケーション能力の高いとされる看護師さんは、そうは答えないそうだ。患者さんから「胸が痛いんです」と言われると、そのまま、
「               」
と、まずはオウム返しで答える。これが一番患者さんを安心させるらしい。
おそらく、このことによって、その看護師さんは、
「               」
ということをシグナルとして発しているのだと考えられる。
患者さん受けのいい看護師さんは、こういったノウハウを暗黙知として身につけているのだ。

学生たちは、最初の答えについて「そのまま」「オウム返し」というキーワードに着目して容易に「胸が痛いのですね」と答えることができました。しかし次の括弧についてはなかなか答えることができませんでした。

そこで、今まで学習してきた論証の構造で患者さんの思いを分析させてみました。思いを表面的に受け止めると以下のようになるでしょう。標準的な看護師さんは、このように患者さんの思いを受け止めたので「一刻も早く痛みを鎮めよう」と考えて上記のように対応したことになります。

 データ:私は胸が痛い
  ↓ ← 理由づけ:胸の痛みは一刻も早く鎮めてほしい
 主 張:私は一刻も早く鎮めてほしい

では、受けのいい看護師さんはどのように患者さんの思いを受け止めたのでしょうか。それは、以下のように患者さんの思いを別の方向から受け止めたからということになります(ルービックキューブで言うところの他の色に着目したことになります)。

 データ:私は胸が痛い
  ↓ ← 理由づけ:胸の痛みはわかってほしい
 主 張:私はこの痛みをわかってほしい

だからオウム返しで「胸が痛いんですね」と答えたことになるのです。そしてそのことは「私はあなたの『痛みをわかってほしい』という思いを受け止めていますよ(あなたのことをわかっています・一緒にがんばりましょう)」ということを伝えていることにもなるのです。

このように、表面的なこと・当たり前だと思われることも、違った立場から眺めてみるということが大切になってくるのです。なぜなら、対象を眺める立場など数えられないほどあるのですから(私たちの関わる対象については絶対はないのです)。
時と場に応じて最も適切な立場から対象を眺めて、最も適切な「理由づけ」を基準として行動を決定していくことが大切になってきます。このことは命に携わる看護師として是非とも認識しておいてほしいこととなります。

看護ばかりでなくどの分野においても、このような行動を常にとれる人のことをプロフェッショナルと言うのです。

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