パスの出している意味
こんにちは〜
今日の記事は昨日の続き、記事の下書きが無くなったってしまったので再度仕切り直しで記事を書いこうと思います。
それで早速ですが、昨日はパスを出すのって難しいよねって記事になるのですが、何で難しいのかについて記事にしてみました。
要は、周りの人がとやかく言うことが難し点と、環境がそうさせているかもしれないと記事にさせて頂きました。
読まれてない方はこちらから読んでみてださい。パスを出す難しさ
パスの正体は何もない
人になのも期待していない訳ではなくで、この人とこの人がもっと良い感じになってもれたらなと期待はしていますが、そこから先はその人達の話になるので、あまり踏み込んで入っていきませんが、話をしてもらえる機会があるとそこはしっかりと話は聞くよにしています。
これがくっつけた側がとる責任になってくると思っています。
この話を先にしたのは、僕が本当に何かを臨んでやっているのではなくて、本当にお世話になっている人たちに、サービス提供以外に何かできないか?と思い、行動したのが始まりになっています。
だから、パスの正体は何もないです。
自分ができることはしれているから
この行動に移すことができたのは、自分が人に会えることができること、やれることには限りがあるからだなと思っているからなのです。
このように記事にして伝えることができる範囲は限られていると思っていて、ここがオンラインとオフラインとの限界があるのではないかと考えています。
会って話できる範囲で商品の提供以外にも、何かできるのでは?
と思った結果が今のできる範囲で無理をしないってことになります。
それでは〜
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