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#ずいずい随筆⑭:社会的処方~NHKからNEJMまで

 6月末から7月にかけて、「社会的処方」という言葉が急にトレンドに上がり始めた。
 きっかけになったのはNHKのこの報道。

 この報道の中で特筆すべきは

厚生労働省は、この取り組みを医療費の抑制にもつながるとして推進することになりました。

 という部分である。
 これまで、社会的処方は公衆衛生の教科書の一部に少し載っていた程度で、医学の中でも大きく扱われたことはなかった。ましてや、国の政策にのぼるようなテーマではなかったのである。
 僕が書籍『社会的処方』を書いていたのも、まさにそんな時期だったのである。

 しかし、国が「予防・健康づくり」を社会保障の重要な柱と位置付けた影響で、そのキモとなる取り組みとして「社会的処方」が注目され始めた。
 そして今年、自民党議連である「明るい社会保障改革推進議連」から政府に報告書が提出され、それを受けて厚生労働省が社会的処方のモデル事業づくりに取り組むことを明らかにしたのだ。

 急な話ではあるものの、僕自身は社会的処方が国の協力のもとで進められることそれ自体には賛成である。しかし、このNHKの報道だけでは不十分な面があって、誤解を招きそうだ。

①社会的処方は高齢者だけのものではない
まず、社会的処方の対象となるのは高齢者だけではない。孤立・孤独はむしろ若い世代こそ問題が深い。若い世代は医療とつながる接点が少ないため、まち全体で社会的処方に取り組むことが必要になる。

②社会的処方の要はリンクワーカー
医師が直接社会的処方をすることもあるが、実際にはリンクワーカーが、患者と地域資源との橋渡しをする活動が社会的処方のキモ。このリンクワーカーを、それぞれの地域で誰が担うのか、というところが今後の議論のポイントになる。

③地域包括支援センターはプレイヤーの一人
②とも関連するが、地域包括支援センターは社会的処方の仕組みの中ではプレイヤーのひとりに過ぎず、ケアマネや社協も、またそれだけではなく商店街やまちのおじさん・おばさん一人一人もプレイヤーってところが重要。

④医療費の抑制は副次的効果
社会的処方の目的は、地域資源を利用して社会保障費を節約することではない。それはあくまで副次的効果であり、本来は孤立を改善し「コミュニティの中で笑顔で暮らせる」ということが目的である。

⑤社会的処方を各地域で文化にしていく
社会的処方は、ガチガチの制度にしていくより、各地域でどのようにこの考えを文化にしていくかという視点が重要と考えている。もう既に文化になっている、という地域ではそのまま、そうでない地域は他の取り組みを参考にしながら進めていくことになる。

⑥社会的処方は地域への患者丸投げ?
このNHKの報道だと、「地域に患者を丸投げ」するイメージを抱くかもしれない。扱いを間違うと本当にそうなるのでここは超重要。医療者が患者にサークル活動を「施す」のではなく、その人にとって何が良い暮らしになるかということを一緒に考えていく、というスタンス。

 こういった点に注意しながら、各地域での議論や実践を進めていく必要がある。ぜひ一度、僕らの書籍『社会的処方』を読んでもらいたい。そこに書かれている社会的処方の姿は、NHKで報道されたものと全然違うということがわかるだろう。

 もうすでに、様々な場所で「わたしたちの考えるさいこうの社会的処方」が取り組み始められてきており、これからどんな報告が出てくるのか楽しみである。

 2年前には、「社会的処方」なんて言っても誰もその言葉を知らなかった。イチから説明をしなければならなかった。そのころに比べたら、今は多くの方がその言葉を口にし、自分の言葉で語ってくれているのが嬉しい。

 そして2020年7月には、ついにあのNew England Journal of Medicine(NEJM)に、社会的処方の記事が掲載された。NEJMは医学界でもっとも権威ある雑誌のひとつで、これに載るということは、社会的処方が世界のメインストリームに乗ったといっても過言ではないだろう。

 今後も、社会的処方は日本だけではなく世界でも急速にその取り組みや研究が進んでいくだろう。しかし、医療者や行政が焦って進めようとすれば、そこには必ず地域との歪みを生む。当たり前のことであるが、僕らも住民のひとりである、ということを自覚したうえで、「地域にとってなにが一番いいことだろう」と一緒に考えていくことが必要だ。「社会的処方ありき」ではなく、社会的処方という選択肢もある、という少し引いたスタンスで、地域の一人として一緒に走っていくということ。
 そのことを忘れずに、僕はこれからも社会的処方の実践と学びを続けていきたい。

 マガジン「コトバとコミュニティの実験場」では、NEJMの意訳を掲載する。「NEJMの記事は読んでみたいが英語は苦手・・・」という方はぜひ読んでみてほしい。

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