遠野と怪異と希望の星~安楽死制度を議論するための手引き:あとがき
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先日、岩手県の遠野に訪れた際、民話の語り部の方から「座敷わらし」の昔話を伺いました。
「むがす、あったずもな(昔あったそうな)」から始まる座敷わらしの物語は、栄えていた家から座敷わらしが引っ越してしまうと、その家は没落してしまうというお馴染みのもの。
しかし、その先に続く語り部の言葉がちょっと恐ろしい。
「座敷わらし、っていうのは昔でいうところの『座敷牢』に由来している、という説があって。昔は、障害をもって生まれてきたり精神を病んだりすると、『家の恥』として人様に見せないように座敷牢に閉じ込められていたんです。家族の中でも、他の子どもたちにはその存在を知らされていない、なんてこともあったから、奥の座敷でザワザワと音が鳴ったりして子どもたちが『あれは何の音?』と聞くと、大人たちが『あれは座敷わらしじゃないかな』って答えていたとされているんです」
囲炉裏ばたで淡々と語る語り部の表情に、うすら寒いものを感じたのは僕だけではなかったはず。
他にも、遠野といえば河童が有名ですが「遠野の河童は赤い」という説があり、その由来の話の中で、
「遠野の川には昔、口減らしのために生まれたばかりの赤ちゃんを投げ込んでいた、という話があって。そこから出てきた河童だから『赤い子』の姿になった」
という話がまことしやかに語られています。
僕らは子どものころから、座敷わらしや河童の物語を、まるで「身近にいる(いた)友達」のような感覚で聞いていたところがありますが、その背景にはこのような歴史の闇が隠されていたりします。もちろんそれは東北のいち地方でしか起こっていなかった特殊な事例ではなく、日本全国で散発的に発生していたことだったのでしょう。
時を経ての現代、そんな残酷な事例はほとんど解消された、と考えるのが普通でしょうか。しかし実際には、座敷わらしや河童といった馴染み深い怪異が姿を消した、というだけに過ぎず、現代社会もまた姿かたちを変えて、新たな怪異を生み出そうとしているのではないでしょうか。
世界でもトップレベルの自殺率の高さ、全世代的な孤独・孤立の深刻さ、そして慢性的な国民幸福度の低さ・・・。社会の過酷さは変わっても、その社会から排除される人間が生み出され続けているのは昔も今も変わりません。安楽死制度は、そういった方々にとってあたかも「希望の星」のように見える面があるのかもしれません。しかし、このような社会の歪みの中から生み出された仕組みは、やはりその形相を異にするものとして現れてしまうのではないでしょうか。また次の100年後、「むがす、あったずもな」と語られる、令和の怪異となってしまうのは、安楽死制度そのものか、それとも安楽死制度を獲得できなかった社会のあり方か、さあどちらになるでしょうか。
日本人にとって、長く「自分が幸せに生きるためには」を考える機会は無かったともいえます。人が生きるための権利、人が人であるための権利、すなわち「人権」とは何かを考え直し、人がこの社会の中で「生きることの表現」を十分に発揮する。そのために僕たちはいま安楽死制度を獲得しても大丈夫な国の姿を、冷静に、建設的に議論していく必要性に迫られているのではないでしょうか。
何ヶ月かに1度、小さなフォーラムで千篇一律の討論を繰り返したり、テレビで短いドキュメンタリーを流すだけでは世界は変わりません。国民一人一人が、毎日ではなくても「自分たちはどう生きるか」を考え続け、隣に歩く人たちと対話を繰り返すことの積み重ねが、きっと100年後の世界を変えていくでしょう。
その社会が安楽死制度を獲得している世界なのか、それとも安楽死制度など無くても、取りこぼされる人が無く生きて死んで行ける世界になっているのか。どちらにしても、僕たちが自分で選び取った世界は、胸を張って幸せな社会である、と伝承されていきたいものです。
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