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ユビキタスがん診療:四苦と原罪

 昔、ある医師が「私の目指すのはユビキタスながん診療」という類のことを発信されていて、感心したことを覚えている。

「ユビキタス」の語源はラテン語で「いたるところに存在すること」であり、インターネットが普及するにつれて情報がどこからでも手に入るさまを表現する言葉として用いられるようになった。つまり、「ユビキタスがん診療」は、これまで病院でなければ行えなかったがん診療を、クリニックなどの場も含めた広い地域で行える体制を作っていこうという構想だった。

 そして現在、多くの地域において「ユビキタスながん診療」は実現できているとは言い難い。
 緩和ケアを含めたがん診療は病院または一部のクリニックの寡占であり、そのアクセスは悪く、行政機関や民間団体との連携も乏しい。結果的に、市民の多くは自身や大切な人が「がん」と診断されたときには、「まず誰に相談していけばいいのかわからない」となる状況がいまだに続いている。
「まず主治医に相談すればいい」というのは道理だ。しかし、医師は一般に、治療や検査のことについては相談できても「がんを抱えてどう生活していけばいいのか」について相談できる機能も時間も有していない。結果的に患者は、病院以外の95%の時間を過ごす日常で、苦悩をため込んだまま、時にはそれらから目を背け、終末期に「こんなはずではなかった」となってしまう。

 そもそも「ユビキタスながん診療」とは何か。
 それは「がんになっても苦悩を発生させることも無く安心して暮らせる社会」に他ならない。
 もちろん、人の苦悩は際限がないから、苦悩ゼロは不可能なことだ。しかし、地域に医療以外も含めて患者や家族をサポートする機能が整えられていくことで、これまで発生していた苦悩を「はじめから無かったように」することは可能ではないだろうか。

 医療は「問題が発生してから」対応することがほとんどであるが、「苦悩の予防」こそ、ユビキタスながん診療、そして私たち緩和ケア専門家の目指すところである。

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