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話題の映画 "Em và Trịnh"(私とチン・コン・ソン)を観て
2021年3月号の「エンタメ通信」でご紹介した、チン・コン・ソンの生涯をもとに創作された映画"Em và Trịnh"(私とチン・コン・ソン)がこの6月にようやく上映された。昨年4月に公開予定とされていたものが、遅れに遅れての公開だ。コロナや天候不順によって撮影が遅延したと説明されている。
公開10日間にして観客動員数は100万人を超え、興行収入も1000億ドン(約6億円)を突破するのは確実だとされている。近年のヒット作のひとつになるだろう。
1989年のパリ。ベトナムの国民的シンガー・ソングライター、チン・コン・ソンと、彼の音楽を研究している日本人女性との出会いから映画ははじまる。彼女は取材のためにソンの住むホーチミン市を訪れ、彼にその半生についてのインタビューを試みる。彼の作品についてや、暮らした場所に話が及ぶたび、1950年代から1970年代のフエやダラット、サイゴンで、ソンが愛した女性や歌手たちとのエピソードがつづられていく。やがて、ソンと日本人女性とは恋に堕ちるが…。
監督は韓国映画「怪しい彼女」のベトナム翻案でヒットを飛ばしたファン・ザー・ニャット・リン。コメディ映画であっても観ているものをほろっとさせる力のある監督だ。今回の作品ではベトナムの街や自然の風景の素晴らしさを丁寧に描写し、ソンの愛した女性たちも皆個性的で美しく描かれている。中でもベトナム語を流暢に操る日本人YouTuberとして当地で人気のある中谷茜理が劇中も見事なベトナム語で日本人研究者を演じ、その熱演も見所の一つになっている。
ただ「美しい昔」をはじめ、ソンの名曲の数々をうたったカーン・リーは「この映画は事実と違う」と述べている。制作側はソンの生涯をもとにした「創作」に過ぎないと反論し、物議を醸している。
本作品はまだ日本公開は未定なようだが、多くの日本の観客にも観てほしい映画だ。
日本ベトナム友好協会機関紙「日本とベトナム」2022年7月号掲載