付録 幼児の発達と木製玩具


投稿した「幼児の情緒と木の玩具」と重複するが、相互補完も兼ねて投稿させて頂くことにしました。

1.はじめに
西ドイツの玩具研究家であるリーゼロッテ・ぺーによると、健康な子供は、生れてからの六年間に一万五千時間、一日に直すと七から九時間も遊びに興じているという。
一方、人間の情緒の核になるものは、大脳の発達から考えて三才時までにほぼ完成してしまうといわれている。 そうであるならば、幼児は遊びの中で、情緒の核になるものを作り上げてしまうといっても過言ではないように思われる。 この遊びの媒体としての玩具は幼児期の情緒作りに極めて重要な役割を持つと考えられる。この玩具を発育途上にある子供の種々の機能を発達させるための媒体とするためには、それぞれの機能に合わせた目的玩具を考えなければならない。 ここで、玩具に対する合目的的材料選択が大切になる。 
”情緒”とは折に触れて起こる様々の人間感情を意味する言葉として用いられるが、一般的には”優しさ””思い遣り””あたたかさ”など人間の心情的側面を表現する言葉として用いられることが多い。 このように、人間の精神面での調和の核が作られる時期に玩具がその媒体の役割を担っているとすればそれを疎かにすることは出来ないであろう。 そうであるなら、玩具は情緒の”ゆりかご”のようなものといえる。このゆりかごにふさわしい材料の選択は大切である。 このような人間の情緒を表す言葉が一方では木材の特性を表わすのにも用いられるのを考えると、幼児期の玩具の素材として木材は望ましい材料特性を備え持っていると考えられる。

2.木材の材料特性とその情緒的機能
我が国は、その地理的条件からして、極めて恵まれた環境に置かれている。温暖で湿潤な環境は樹木の成育に適しており、南北に長く、火山による複雑な地形は多くの樹種と良材を生み出した。このような環境で日本人は二千年以上にわたって木を素材とした生活文化を育ててきたといえる。このような生活形態は地球上の他の地域ではほとんど見られない特異なものと考えて良いだろう。この文化的背景のうえに日本人は日本民族としての独特の民族性を培ってきたと考えられる。
木の文化との関わりの中で形成された日本人の精神構造は生活の形の中に色濃く継承され、情緒的発達にも大きく影響してきたと考えて良いだろう。これらの生活文化を形作る環境のすべてがその中で生活する幼児に対しても大きな影響力を持つことは明らかであり、幼児の情緒的発達と木の関わりを明らかにすることは、人間と環境の関連性を知るうえで今後重要な研究課題になるであろう。

2-1.木材の材料特性
玩具の素材としての木材の材料特性についてまとめてみよう。 
木材は周知のごとく岩石や鉄、セメントなどの無機材料ではなく樹木によって作り出された有機材料である。 そのために、木材は生物独特の形態を持っている。 すなわち、細胞を基本単位として、目で識別できる組織的特長によって、大きくは散孔材、環孔材、放射孔材に分けられる。この基本単位である細胞は更に細かく見ることができるが、それは別の専門書にゆずることにして、ここでは主として人間の視覚で弁別しうる範囲のものに留めておく。
木材が人間の感覚と直接関わるのは視覚、触覚、聴覚および嗅覚を通してであるが、この中でも視覚は他の感覚とは比較にならないほど多くの情報量を受け入れることができる。それゆえ、人間にとっては視覚による刺激が一番影響力のあるものと考えて良いであろう。
木材の表面は多孔質であり、年輪によってそれぞれの樹種特有の模様を持っている。この木目模様は他材料にない独特のものであるが、われわれ日本人にとっては特に好まれてきた。最近になって、年輪や組織によって作られる揺らぎが人間の生理にとって好ましいものとして受け入れられることが明らかにされてきた。そして、これら自然のものが作り出したものに内在する揺らぎと人間が生理的に好ましいと思うものとの間に一つの律則があることが武者らによって明らかにされたがその原因についてはまだ答えが得られていない。
いずれにしろ、木材の持つ色調、木目模様、表面性は人間の視覚を通じて生理的に好ましいものであることは経験的にも、実験的にも確かめられてきた。(増田など)
木の触覚についてはその材質評価を温冷感、硬軟感、粗滑感、乾湿感、軽重感、快不快感などの言葉によって触覚的特性評価が成されているが,(岡島ら)それによると木材は暖かい材料であり、硬さ、粗さも人間にとって穏やかな材料であることが分かる。
嗅覚に対する木の香りはヒノキやスギで代表されるように、わたしたち日本人にとっては愛着の深いものである。大釜らが木の匂に対する嗜好性について調査した結果によると、ヒノキ、スギ、マツなどは他材料に比べていずれも好ましい匂として評価されていることが示されている。ここで興味深いのは、嗅覚だけの場合と視覚的手掛かりを加えた場合とでは材料に与える評価が異なってくることである。前者の場合、ヒノキは七番目であったものが、後者では一番目に位置づけられている。このように視覚的手掛かりが与えられることによって評価が変わるということは我々の日常における経験や習慣が思考に対して大きく影響することを示唆している。
聴覚に対する影響も住環境に木が使われている場合とコンクリートのような無機質が使われている場合では、前者の場合後者に比較して不快音が少なくなることが指摘されている。
以上、人間に対する木材の材料特性について簡単にまとめたが、ひとの情緒が形成される過程でこの材料がはたす役割は重要であることが推察される。
特に、三才頃までの情緒の核になるものが形成される時期の物との関わりの中での木材の役割は、その後の知、情、意の発達に情緒がこれらの核にならなければ調和のとれた発達は困難なことを考えればいかに大切であるかが理解できるであろう。ひとの人格形成にとって知、情、意が調和の取れた発達をしていくためには情緒の確かな核を作っておかなければならない。

3.幼児と玩具
  ひとの情緒とは別の言葉で表現すれば”優しさ””おもいやり””美しい物を感じ取る心””生きとし生きる物との調和ができる心”といえるだろう。
この情緒の核になるものが三才時までにでき上がってしまうのであれば幼児期の環境はこの情緒作りに対して大きな影響を与えると考えられる。
そして、前述したように、一日に八時間近くも遊びに興じているのであれば、遊びを媒介するいろいろの玩具の影響も見過ごすわけには行かない。
しかし、現実には幼児期の物との関わりについて、それが情緒の核作りにどのような影響を与えるのかというこまやかな観察や研究は余りなされていないし、そのための幼児教育の具体的な教育上の施策すら我が国では確立されていない。ただ、外国の教育思想を受け売りしているというのが現状であろう。
我が国の今日は機械文明のみ先行しているように見受けられるが、その背景にある物は二千年以上にわたって連綿として続いてきた木の文化があり、この文化的蓄積が日本人の感性に与えた重み付けは計り知れないものがあるはずである。このことを生活の中で伝承していく作業を今日ではあまりにもなおざりにしているといっても過言ではないであろう。このことは情緒の核作りの時期においても見られ、その結果情緒不安定な人格形成が数多く見られるようになり、今日の教育上大きな問題になりつつある。

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野村隆哉
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