幼児の情緒と木の玩具        はじめに

はじめに
最近、私達の生活環境の悪化が一般の人々の間でも認識されるようになり、環境問題は地球レベルの問題としてメガ・トレンドになりつつある。このようなトレンドの中にあって、生活環境資材としての木材がにわかにクロ-ズ・アップされはじめた。ついこの間まで、他の工業原料である合成高分子やセメントと同列にすることに腐心し、生物材料としての特性を無視してきた者が掌を返すようにムクの木の良さを語り始めた。しかし、我々の住環境は、合理性、利便性、快適性の名の下に木材を駆逐し、その特性を生かしたものはほとんど見当たらないのが現状であろう。このような住空間にあって、幼児は生まれ落ちた時から、極端な表現をすれば、一度もムクの木に触れることなく人工的な機械仕掛けの玩具を与えられ、長じてはコンピュ-タ-・ゲ-ムに明け暮れることになる。このようにして、幼児から青年期に達するまでの20年間を全く人工的な生活空間で過ごすことになる結果、他の生命や自然との関わりに無頓着な人間が増えることになる。

2 遊具
(1)はじめに
小児の発育過程において、その環境に置かれたものとの関わりのなかで小児の情緒がどのように発達していくかという問題はきわめて重要に思われる。 
小児期の情緒不安定が成人に達したときの人格に大きく影響することは経験的に知られており、小児が著しい不良環境に長期間さらされていると永久的な能力欠陥を引き起こし、それは環境のストレスが矯正されても戻らないと言われている。しかし、小児が置かれた環境の中にあるものの一つひとつが環境のストレスとして小児の情緒発達にどのように影響するかを普遍的なものとして捕らえることは困難であろう。なぜなら、人間の環境適応能力は究めて幅が広く、柔軟性があるからである。 
高等生物の進化には、自然淘汰と変異の相互作用により、より適応度の低い個体がその集団から除かれた過程の存在が想像されているが、人間においては、遺伝と環境の両方によってそれぞれ制御されているような複雑な形質の自然淘汰については何も知られていない。 
世界中の人類を見渡すと相互の違いがいろいろあることに気が付く。 
地球上に生存する動物種の中で人間は表現形の変化の大きい種をなしており、表現形の多様性はさまざまな環境への適応を可能にし、人間は種々の特徴のある気候環境下に生活している。この表現形の柔軟性が進化を妨げ、遺伝によらない環境適応の可能性を拡大するものと考えられている。人類集団の資質を巨視的に考えると、本質的に最適の環境を想定することも、また、現実の条件に対する最良の遺伝子型の存在を想像することも無意味となる。 
生理人類学の立場から見れば、人類が村落を生み出してから約8千年、都市の形態が出来始めてから約5千年とすると、それぞれ約320世代あるいは200世代が、村落あるいは都市の文化的生活の影響を受けたことになるが、この短期間に人類の遺伝子の上に生じた変化はそれほど大きいとは考えていない。      しかるに、現実では膨大な数の民族がそれぞれ他民族を峻別し、同一民族内でも部族間で相互の相違を厳密にしている。これは生活する環境やそれによってもたらされる習慣の違い等、環境要因がストレスとなって情緒や感情等の精神活動を中心とする大脳の高次神経機能の発達に大きな影響を与えていると考えるべきである。我が国においても、戦後四十数年のわずかな時間に、肉食の比重が増すとともに足の長さが平均10cm長くなり、顎が小さく、小頭化してきたことによって、性格面で、辛抱することや物事を熟考することを苦手とする人間が増加してきたとの指摘もある。
これらの例で明らかなように、人間生活の現象面から見れば、生活環境の構築材料も含めて、人間の情緒面に対して環境要因がストレスになると考えるべきである。特に、脳が発達しつつある0才児から5才児までの間はその影響は大きいと考えるべきであろう。 なぜなら、出生時に人間の脳は成人の容積の約半分であるが、4才児で90%に達すると言われているからである。 
大脳の発達の度合いは、猿人から現生人類までを見ても他の生物と比較して著しく、現生人類は猿人の約3倍といわれている。 さらに、現生人類と同じ大きさの脳容積を持つネアンデルタ-ル人との比較では、現生人類よりも前頭葉の発達は劣っていたと考えられている。すなわち、精神活動を中心とする高次神経機能の発達は現生人類の特徴と考えるべきであろう。 
現生人類におけるこのような高次神経機能の発達した原因は前述したように現生人類による文明の発生と文化に基づくと考えられる。以上のような観点から見れば、大脳形成過程にある幼児期における環境は極めて重要であろう。
われわれ日本人は縄文時代から今日まで、地理的には主として温帯の照葉樹林(常緑広葉樹)および落葉広葉樹林帯の豊かな森林資源を背景として世界でも類を見ない木の文化を保続してきた。生活環境の隅々まであらゆる樹種の特性を究めた利用技術が確立されていたことは明治の終りに農商務省山林局から出された「木材の利用」を見ても明らかである。このような長期間にわたる木の文化の保続によって、われわれの生活環境を構成してきた木材との関わりが前頭葉の高次神経機能の発達に与えた影響は計り知れないものがあると考えられる。特に、スギ、ヒノキを中心とする白木の文化は伊勢神宮の1300年の長きにわたる20年に一度の式年遷宮の儀式に代表されるように日本民族の精神文化の象徴にまで高められている。
 このように、われわれ日本民族の精神の深層に重み付けされた木との関わりを単なる自然科学のありきたりの方法論で解明することは極めて困難なことであり、ノバ・パラダイムの出現が必要であろう。
このような観点から、小児の遊具(玩具を含む)と情緒との関わりを考える場合、材料としての木材を遊具としての機能よりも、素材そのものの持つ材料特性が小児の視覚、触覚および嗅覚などを通して情緒に良いストレスとして作用するような配慮をするべきであり、アプリオリ-に木の良さを感じているものが小児の情緒の発達にとって木材をどのようにプレゼンテ-ションすればよいかを個別に行なうことも大切な試みと考えられる。 
続く:

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野村隆哉
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