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【住所不定宇宙】寂しさ、が私にくれるもの
35歳独身だ。
長らくパートナーがいないので、ひとりでいることに大変慣れている。
そんでもって大変楽しく過ごさせてもらっている。
ひとり映画も、ひとりラーメンも、ひとりプラネタリウムも、ライブの為のひとり遠征もお手のもの。
ひとりでこんな所行ったんですよ、こんなの食べたんですよと話していると、寂しくないの?と聞かれることがある。
寂しくない。悲しくもない。
楽しすぎて怖いくらい。
こんなに自由でいいのかなって。
でも
どんな時に寂しいと感じるかと聞かれたら、こう答えようと思った瞬間がある。
電球を替えたい時とか、大きな虫が出た時に助けてくれる人がいないとか、そんなことよりも。
同僚が朝からお腹が痛いと言っていた。
原因はわかっていて、夕飯に食べた旦那さんが焼いたお肉がどうやら生焼けだったらしい。
旦那さんは昨晩のうちに腹痛がおきたけど、自分には朝になって腹痛がきたという。
これだ、これ!
腹痛の原因がわからない時、私は寂しいと感じる。
私は体質上、人よりも腹痛が多い人生を送っていると思う。
夜中の腹痛なんてものは、孤独極まりない。
いつ治るかわからない痛みと、トイレの明るさに慣れていないショボショボした目。
なんとも寂しい。
年に数回、大なり小なり胃腸炎になる。
だいたいは経口補水液をひたすら飲み、絶食して自己治癒力を信じて待つ。
ひどく長引くようなら病院へ行く。
数年前に牡蠣を食べた次の日、腹痛に襲われた。たぶん牡蠣が原因だったのではないかなぁと思っているけど、真実はわからない。牡蠣のフライだったから違うかなぁ。
お医者様に聞かれるのはこの一言。
「一緒にご飯食べた人いる?」
その当時はいたけど、いま現在では
「いません、ひとりです。」
と声に出したときに寂しいと思った。
あ、わたしひとりなんだって。
一緒にご飯食べた人、いないんだって。
思い立ったら誰の了承を得なくても飛んで行ける。
お金も誰の為でもなく、自分のために稼いで使って。使ったことも誰にも文句は言われないし、使う用途の報告だっていらない。
街にはクリスマスがすでにやってきている。
仕事終わりのボザボサ髪で、ひとりでイルミネーションを見たって全然寂しくない。
「ひとりです」と口に出すとき、
寂しさは同時にやってこない。
数分後に、滲みながら私に向かってくる。
でも、人が溢れかえっている東京の真ん中に立った時に、わたしはひとり、という寂しさが私に安心感をくれたりもする。
トイレから出てきて午前5時。
寂しさに色があるとするなら、夜でもない朝でもない、こんな色をしているのかもしれない。
またひとりでセミダブルのベッドに戻る。