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【住所不定宇宙】蔵でひとり

思い立ってひとり旅に出た。
ライブ遠征目的ではないひとりの旅はかなり久しぶりだ。

でっかい神社があって、東京から近くて、私が持っている旅エッセイや旅漫画に出てくる所。千葉の佐原に決定した。
サハラ、ではなくサワラ。
宿泊は愛読している「おひとりさまホテル」に出てくる「佐原商屋町ホテルNIPPONIA」にした。
このホテルは蔵や酒屋をリノベーションして宿泊部屋や夕食朝食会場にしている。それだけで心が躍る。
蔵というものを外から見たことはあっても入ったことはない。ましては泊まったこともない。
子どもの頃に実家に蔵があったいう人から良い思い出を聞いたことがない。
親に叱られて蔵に閉じ込められたとか、令和になったこの時代にはかなり似合わないし、大炎上するワードだろう。

宿泊部屋、というよりは宿泊棟。
まずはお店の横から引き戸を開けて中庭へ入る。これがもうたまらない。
中庭を抜けると今回私が泊まる部屋の暖簾が見える。
ガラガラと開けると、なぜだか懐かしさを感じる。日本人のDNAに植え付けられているものなのだろうか。

それにしてもどうして城だとか蔵だとかは階段が急なのだろう。
今回泊まったお部屋はメゾネットタイプで、1階がお風呂やお手洗い、リビング的なスペースで、2階にツインのベッドがある。
階段というより梯子だ。
昔の人はどうしていたのだろう。
普通の勾配の階段だとダメだったのだろうか。2階はあまり使わなかったのだろうか。1階をすこしでも広く使いたかったのだろうか。
柱には読めないけど、字が書かれている所もある。
どんな人がこの蔵を建てて、使って、守ってきたんだろうと思う。


最近涼しくなってきたので、職場まで徒歩で行くことが増えた。
歩くと30分かかる。
あと10分くらいで職場だよ、という所に空き家がある。
たぶんだいぶ長く空き家だったはずだ。
そこがついに取り壊し工事となったようだ。
歩いて通りすぎるのに1分もかからないのだけれど、壊されていく様が気になり、どうも足がゆっくりになる。

屋根が崩され、2階部分が丸出しになった家。

この家にも物語があったはずだ。
建てようと思った人がいて、住み続けた人がいて、いなくなって。

壊されて地球の一部に戻る家と、守られていく蔵とは何が違うんだろう。
その場所になくなったら、私は忘れるだろう。
あの家に住んでいた人と一度だって会ったことないけど、あの家のことを誰が覚えてくれているんだろう。

どうかあの家で過ごした誰かが、1年に1度でもあの家での思い出を心に浮かべて欲しいと願う。
かたちあるものがなくなると、最初からなかったような気にもなってしまうけど、確かにあったということを私も忘れたくないなと思う。

この私が泊まっている蔵もまさか自分が宿になるとは思っていなかっただろう。
きっとこの蔵はもっとたくさんの人を見送っていく。

蔵でのありもしない思い出を頭の中で繰り広げた。小さい頃に閉じ込められたことなんてないのに、なんだか怖くなってきて小さい灯を消さずにその日は眠りについた。

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