見出し画像

#60 ソフトクリームとアノ軟膏

約15年前の話。
当時私は福岡市内の実家から2時間半かけて、筑後地方に通っていた。大好きな彼に会うためだ。私の人生で初めてできた8個年上の彼氏。雑誌に愛車とのツーショットが載るほど有名なカーレーサーだった彼との時間には、2つの『当たり前』があった。
1つは必ずドライブデートであるということ。うん、これは彼の略歴で分かる話。
そしてもう1つは、デートの終盤にミニストップのソフトクリームを食べること。彼は毎回「ソフトクリーム2つ買ってきて」とミニストップの駐車場で私を降ろした。いや、私も好きだし、美味しいよ。美味しいんだけれどさ……。
なぜ彼がソフトクリームを買うときだけ自分は車から降りないのかが、不思議だった。

そこで、6回目くらいのデートで彼に尋ねた。

「ミニストップのソフトクリーム、美味しいけどさ……毎回食べるほど好きなん?ってか、いつも自分で買って食べよるん?」

すると彼は私のほうを見ずに答える。

「いや1人のときは絶対買わん。だって店員に『あいつ、男のくせにソフトクリーム食ってやがるぜ』って思われとうなかもん。だから俺、お前と一緒におるときしか、このソフトクリーム食えんっちゃん」





「……」






「いや、んなこと思わんがな!!!」
……今の私なら、大爆笑でツッコむだろう。

しかし当時の私は『岡田准一に似ている』と周囲からイケメン認定されていた彼に、メロメロのメロだった。
そんな浮かれポンチなメロは、彼の宇宙人な思い込み発言に「か、かわいい……」と悶絶してしまったのである。

そして、少し照れながらソフトクリームを舐める彼の姿をじっと見て「めっちゃ好き!!」と何度も心で叫んだ。
あの時の私の目は、冗談抜きでハートになっていたと思う。




あれから15年。




彼氏から夫になったその人は、相変わらず私にちょいちょいおつかいを頼んでいる。

「コーラ、買ってきて」
「タバコ、買ってきて」
「目薬、買ってきて」
「白髪染め、買ってきて」

だんだんドラッグストアなラインナップが増えてきて、私よりも8歳上という事実が年々増してくる。


そしてとうとう、その時はやって来た。






「痔の薬、買ってきて」






「……」




正直、私は「うわああ、全っっっ然かわいくない……『ソフトクリーム買ってきて』の可愛さ返して!!」と言いたかった。

が、彼のお尻に敬意を払い、その言葉を飲み込む。



結局、私が『いい奥さんHP』を全て使い果たして、塗れる軟膏タイプの痔の薬を買ってきてあげた。


おそらく、かつて彼がミニストップでソフトクリームを買う恥ずかしさとは比にならないくらい、私が痔の薬をレジに出すのは勇気がいった。
いつも行くドラッグストアの好青年風なレジスタッフに、バーコードの場所を探されクルクル回されている痔の軟膏のパッケージ。私は「早く会計を終わらせて、この人の記憶を消したい」とマフィアみたいな妄想をしながら、ピンクの軟膏の箱を無駄に凝視して、絶対に好青年と目が合わないようにした。

どれだけ恥ずかしかったかというと、『夜の帝王~まむしドリンク~』くらい分かりやすい精力剤をスキャンしてもらうほうが、まだマシ!と思うくらいの恥ずかしさだった。
だってまむしドリンクなら、「自分のためじゃなくてパートナーのために買っている」と店員さんに無言でアピールできる。
しかし痔の軟膏は「ふふ、お前、財布はフェラガモのくせに痔なのか」と思われてしまう。(当時私は「いい女はヴィトンよりフェラガモやフェンディを持つ」というナゾの信念があった)


お尻を患っている彼と結婚して、10年。
その10年間で20キロも体重が成長し、見事に「かつては岡田准一」になれた夫は、残念ながらどの俳優にも似ていない容姿になった。
もし「岡田准一が20キロ太ったら、どんな感じ?」を見たい人がいれば、私の夫がとても良いサンプルになることは間違いない。

しかし不思議なことに、たとえ「元・岡田准一」になったとて、夫自身に痔の軟膏を買いに行かせるのは忍びないと感じた。
私はどこかで夫に、まだまだ昔のイケメンキャラを演じさせておきたかった。現に「夫が買うくらいなら私が……」と恥ずかしさに耐えて、痔の薬を買いに行けてしまう。
夫は「妻の前でカッコよくあろう」という自分の理想を完全に手放して、私に痔の薬を頼んでいる。しかし『明日着る予定のパーカーまでセカストに持って行ってしまうほど断捨離好き』な私でも、かつての夫のイケメンブランドだけは、何が何でも手放したくないのだろう。

いつか……そう、本当にいつか、『痔の薬を買うなんて!と驚かれるほどのイケメンに戻れる日が来るのでは』と思っている(そもそもイケメンが痔の薬を買うのはNG、みたいな風潮は世の中に一切ナイけれど)。

その後、塗れる軟膏タイプから、直接注入するタイプに変化しながらも、なんとか夫のお尻には平和が訪れた。めでたしめでたし。

私といえば、もう痔の薬を頼まれることは(しばらく)ないなと安堵しながらも、15年前の爆イケだった夫の写真を寝室の枕元に飾り、眺める日が続いていた。
そして「明日、夫が突然20キロ痩せられたら、神様にお礼金をいくら払えるか」なんて無駄に妄想する。
今は10万円くらいしか払えないが、もし30万円まで出せる!くらいイケメンを抱きしめたい衝動に駆られたら、夫をライザップに行かせよう。

ライザップの公式ホームページ










最後までお読みいただきありがとうございました。
こちらのnoteはみくまゆたんさんの『自分語りnote企画』への応募記事です。10/25までの締切なので、ぜひみなさまもチェックしてください♪


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?