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2024ベルリン観劇記録(32)Die Möwe かもめ

3月28日、シャウビューネでトーマス・オスターマイアー演出の『かもめ』鑑賞。2024年4月末からの「ふじのくに⇄せかい演劇祭2024」に招聘されている。

天井まで伸びる大木

演出 Thomas Ostermeier
美術 Jan Pappelbaum / Thomas Ostermeier
美術協力 Ulla Willis
衣装 Nehle Balkhausen
音楽 Nils Ostendorf
ドラマトゥルギー Maja Zade
照明 Erich Schneider
出演 Thomas Bading, İlknur Bahadır, Stephanie Eidt, Laurenz Laufenberg, Joachim Meyerhoff, David Ruland, Renato Schuch, Alina Vimbai Strähler, Hêvîn Tekin, Axel Wandtke

 2023年3月7日初演、休憩30分込みの3時間20分。『かもめ』は学部時代の講義で1980年の劇団四季による上演(浅利慶太演出、市村正親主演、金森馨美術)をVHSで見て以来であり、実際の上演を観るのは今回が初めてだ。映画版(2018)は飛行機の中で観た。

開演前
木の上にいるマーシャの手と
木を見上げるメドベージェンコ




 シャウビューネのレパートリー作品で主役や主要人物を演じる俳優達が結集した、とても贅沢な上演。例えばコンスタンティンのLaurenz Laufenberg ローレンツ・ラウフェンベルクは、来日公演もあった『Im Herzen der Gewalt』(暴力の歴史)や『Ein Volksfeind』(民衆の敵)で主演。メドヴェージェンコのRenato Schuchレナート・シューは、同じく『Im Herzen der Gewalt』(暴力の歴史)や『Prinz Friedrich von Homburg』(ホンブルクの公子フリードリヒ)で主演。トリゴーリンを演じるヨアヒム・マイアーホフは長い間ヴィーンのブルクテアターに所属していた、友人曰く〈国民的俳優〉であり、シャウビューネ移籍後は、例えばヘルベルト・フリッチュ作/演『Amphitryon』に主演している。


 本上演のハイライトは、たっぷり時間をかけて描かれる、人気作家トリゴーリンによるニーナの〈グルーミング〉場面だ。トリゴーリンは自分の創作のために、ニーナの純粋な憧れを利用する。客席とのやりとりも多く、かなり笑わせられた。しかし、その面白さ、魅力こそが危険なのだ。
 トリゴーリンは登場してしばらくの間は口数が少なく控えめで奥手、時にはオドオドし、静かで冴えない印象である。徐々にその場に馴れ、〈若い田舎の少女〉ニーナやマーシャが親しげに近づいてくると、だんだん口数が増え、早口になり、表情も生き生きとしてくる。そんなトリゴーリンを見つめる、Alina Vimbai Strähler 演じるニーナの瞳はまっすぐで、文字通りキラキラと輝く。あの瞳に見つめられて「あなたのファンです、お話がしたいんです」なんて言われたら、舞い上がってしまう気持ちは理解できる。しかも自分の著作物を引用して好意を伝えられるのだ。
 その場にいる間だけ、楽しくお喋りをするならば構わないだろう。しかし、若者をたぶらかし、家出させ、妊娠させ、捨て、自分だけはアルカージナと元鞘に戻り、成功し続けるのだから、トリゴーリンは加害者である。本人は同じだけ純粋なつもりかもしれないが、成功した者こそ自覚的に自らの行動を戒めるべきだ。最後、作家となったコンスタンティンに会いにくるニーナの瞳は曇り、顔色が悪く、疲れを感じさせる。

休憩中


 トリゴーリンの場面が大きく膨らませられているが、コンスタンティンやアルカージナに見所がないわけではない。特にコンスタンティンの複雑な変化に胸を打たれた。不安、歓喜、葛藤、苦痛、切実、嫉妬、憤怒、静謐、落胆、絶望、混ざり合った複数の感情が手に取るようにわかる。終盤は作家となり一見落ち着いているが、元の性質が変わるはずもなく、いつ均衡が崩れるかわからない。何とか自分を保とうとし続けるコンスタンティンの不安、壊れる瞬間の表情がとてもつらかった。

 いつも最も安いチケットを購入するため、座るのは最後列(といってもシャウビューネの場合14列目だが)であることが多い。この上演では客席を扇型に組み替えており、左右脇見ブロックの見切れ席が最安価格帯(11ユーロ、24年3月のレートで1,800円)。最端ではあるものの3列目で観劇できた。俳優達の姿勢、瞳や顔色の変化、目の充血、ちょっとした眉や唇の動き、口の開け方や指先の緊張一つ一つをつぶさに観察できる、贅沢な時間であった。



 「ふじのくに⇄せかい演劇祭2024」の来日公演では、大きな木のセットの代わりにライブペインティングが行われるらしい。ドイツ演劇を日本で観られる貴重な機会、おすすめです!

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Tamaki Ohkawa 大川珠季
ドイツで観られるお芝居の本数が増えたり、資料を購入し易くなったり、作業をしに行くカフェでコーヒーをお代わりできたりします!