3.6. バジリスク:伝説の中のバジリスク
3.6. 伝説の中のバジリスク
バジリスクは多くの伝説において、非現実的で極端な能力を持った生物として描かれる。それは実態がわからないがために人々に余計な恐怖を煽った結果であり、中には真実が伝えられるうちに歪んでしまった例もある。この項では、特にバジリスク8本足説と石化能力について触れる。
かつてバジリスクは、8本足のトカゲであると考えられた時代があった。後年この伝説から、実際には8本足のトカゲが存在しており、逆にバジリスクの天敵であったのではないかという説が生まれた。この「オクトサウラー」 (18)と呼ばれるトカゲは、分布域をバジリスクと同じくする肉食の幻想動物だが、現在は絶滅してしまったと思われている (19)。
オクトサウラーは平たく細長いワニのような体形を利用して、獲物を待ち受けるか、奇襲していたと考えられた。さすれば、バジリスクの迎撃特性に納得がいく、というのが支持派の根拠となっている。バジリスクの防衛器官と毒を持つ部分が下半身の背後に集中しているのは、特定の攻撃パターンを持つ天敵がいたことを示しており、つまりオクトサウラーがバジリスクを捕食しようとした場合、距で引き裂くか糞を吹き付け、相手を失明したり致死に至らせたりしていたのであろうというのだ。さらに防衛器官を発達させ、攻撃の拡散を狙い、そしてまた、これで敵を迎撃したものと思われる。
オクトサウラーはバジリスクと生息域を同じくし、数多く生息していたと思われる。しかしそのヘビに似た形状から、バジリスクの毒害がこれによるものと誤解した人々によって駆逐された可能性が高いとされている。あるいは自然災害的な、なんらかの事情により大量死を招き、紀元前には絶滅したと考えられている。オクトサウラーの消滅と共に、8本足のバジリスクは歴史から姿を消していったのであろう。
バジリスクと目が合うと石化するというのは中世から付け加えられた能力だが、宗教的に悪しきものは「邪眼を持っているはず」、という先入観を数えないことにすれば、まずこの幻想動物が目線を合わせた相手を攻撃対象と認識しがちであることからくる。これは特に、若いオスに多い習性である。バジリスクに詳しくない者に危険性を第一に知らしめるため、誰かが作為的に極端な伝説を作り上げたのではないかと考えられている。
また、バジリスクの毒が筋を硬直状態にさせることもそれに由来すると思われる。この有毒物質は神経毒の性質上、全身の筋肉を疲弊状態にさせる。これによって筋原線維内での嫌気代謝が早くなり、心肺停止後に酸素が供給されなくなると、全身の硬直が通常より早く進行するのである。バジリスクの毒は即効性なので、極端に早い死後硬直した死体をみて、人々が石化したと考えるのは不自然ではないだろう。さらにバジリスク毒が循環障害 (20)を引き起こせば、死亡には至らないまでも、患部は腐敗後に干からびることがある。これらの症状が、石化に見立てられ伝聞されたものと考えられている。
18)14世紀のスイスの自然科学者ヨハン・ベーメ(1349-1402)が友人にむけて綴った手紙から発展した仮説によるもの。オクトサウラーはベーメによる仮名であり、未だに公式名称は定まっていない。ベーメの手紙は私的なものであったが、この説を支持する者から参照資料としてしばしば言及される。詩人でもあったベーメは、ギリシアに留学時、担当教授が育てていたバジリスクを観察・研究したことがあった。引用文明記の際、この手紙はバジリスクとオクトサウラーの描写の一文を抜擢し「砂漠の王、盲目の従者にかしずかるること」と題される。
19)正確には足の趾が癒合し、カメレオンのように二股に分かれていたために8本足に見えたとする説があり、このことから、姿を消すことができる中国の幻想動物、避役の亜種であった可能性が示唆されている(避役は現代日本語においてカメレオンの当て字であり、この幻想生物を由来としている)。また、細長いオクトサウラーは、それが生息しない国の言語に翻訳される際、「ヘビ」の天敵であるというイメージから、その天敵である「マングース」と誤訳されたこともある。
20)コンパートメント症候群または筋区画症候群(きんくかくしょうこうぐん)とも言う。何らかの原因でコンパートメント(筋区画)内の圧力が高まると、内部の欠陥が圧迫され、筋や神経の機能障害を起こす。急性型と慢性型があり、急性型の場合は組織が壊死して重大な障害を残す恐れがある。
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