有栖川有栖を好きになるための七冊の本 ⑤ 双頭の悪魔

5作目は、事実上の有栖川有栖の代表作を。

大学から消えたマリアを追ってEMCの皆々が向かったのは四国の山村・夏森村のさらに奥にあるという芸術家たちによる村・木更村。しかし、村民に立ち入りを拒否される。業を煮やした一行は村への侵入をはかり、江神はマリアとの再会を果たす。
しかし、そんな中二つの村をつなぐ橋が崩れ、夏森村と分断されてしまう。そんな最中、木更村・夏森村双方で殺人事件が起き、それぞれが真相究明に挑むことになる。

本作は、有栖川有栖の代表作として認識されており、その認識は全くもって間違っていない。クローズドサークルの内外でそれぞれ起こる殺人事件。共に分断される探偵とワトソン。そして何より、三回も挿入される「読者への挑戦」と、クローズドサークルにおける「ロジック」を極めた作品であることに疑いはないだろう。

他の作品において複数回「読者への挑戦」が挿入される場合というのは、「ロジック」による「読者への挑戦」というよりも、どこか読者への煽り的な側面が非常に強い。しかしながら、本作における三度の「読者への挑戦」というのは、読者を煽るという意図はさらさらなく、それぞれに意味のある「読者への挑戦」となっているのだ。

また、橋が崩れるというクローズドサークルお決まりの展開から、クローズドサークルの中でのみ殺人事件が進行するかと思いきや、クローズドサークルの外においても同様に殺人事件が発生するという試みも見事だ。

そして何より、「読者への挑戦」を三度挿入したあとに訪れる事件全体の構図が圧巻だ。このトリックはただ圧倒的なだけではなく、ローリスクハイリターンな実行可能なトリックなのが末恐ろしい。

ただ、一点だけ不満を言うならば、本作が紹介される際、たいてい「読者への挑戦」が三回挿入されている「ロジック」の物語として紹介されることがほとんどだ。事実それは間違ってはいないのだが、本作はそのあとに訪れる事件全体の構図が評価を高めているといっていいだろう。本作をただの「ロジック」の物語として扱ってしまうのは、かなりこの物語の本質を見ていないように思えてならない。

担当 森林木木

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