有栖川有栖を好きになるための七冊の本 ② 白い兎が逃げる
「有栖川有栖に捧げる七つの謎」にあやかり、有栖川有栖のおすすめを七冊挙げていこう、のコーナー。
第二回は、最近新装版も出た有栖川有栖短編集の白眉を。
本作は双子のアリバイ崩し、死刑囚殺し、ダイイングメッセージ、そして時刻表ミステリとかなりバリエーション豊かな短編集となっている。
収録作は以下の通り。
不在の証明
地下室の処刑
比類のない神々しいような瞬間
白い兎が逃げる
「不在の証明」
双子の弟が殺され、双子の兄が容疑者に。しかし、兄は完璧なアリバイを提出したのだ…
双子のアリバイ崩しということで傑作「マジックミラー」を想起する方も多いであろうが、本作はその「マジックミラー」という作品をミスディレクションにしている物語でもある。
「不在証明」ではなく「不在の証明」というタイトルの妙が光る。
「地下室の処刑」
テロリスト集団の地下室で行われた処刑。しかし、拳銃で死ぬはずの男は最後の晩餐のワインで毒殺されてしまったのだ…
本作は法月綸太郎「死刑囚パズル」に連なる、死刑囚殺しの物語だ。有栖川有栖はときおり、このような「狂人の論理」も描くことができる、ということを示した作品でもある。
※余談だが、本作のテロリスト「シャングリラ十字軍」は、この作品と「異形の客」にしか登場していない団体であるが、ドラマ化した際に、なぜか火村の敵になった。火村シリーズには作中を通した敵などは登場しないが、ドラマには共通の敵が必要になるのだろうか。よく分からない。
「比類のない神々しいような瞬間」
殺された女評論家は「1011」と読めるダイイングメッセージを残していた。捜査をする火村たちだったが、捜査は暗礁に乗り上げる。数か月後、あるホームレスが殺される。一枚の千円札を握りしめて…
タイトルは、クイーンのXの悲劇での、人が死ぬ瞬間に途方もない発想の飛躍をするというドルリー・レーンのセリフに由来している。
本作以外にも有栖川作品では多数のダイイングメッセージが登場するが、本作が一番見事に処理しているといってしまっていいだろう。
一つ目のダイイングメッセージは、解釈そのものより、なぜ直接名前を書かなかったのか?という方面からのアプローチが見事だ。
そして二つ目の千円札というどうとでも解釈できるメッセージが文字通り「比類のない」意味を持つのは圧巻ですらある。
ダイイングメッセージものを読むにあたり外せない一作だ。
「白い兎が逃げる」
小学校の兎小屋の裏で発見された男の死体。被害者は劇場女優のストーカーだった。事件当時は女優をストーカーから引き離す「ゲーム」を行っていたらしい。なぜストーカーは殺されたのか?
有栖川有栖は鉄道好きだ。「有栖川有栖の鉄道ミステリー旅」という本を出すぐらいには。しかしながら、鉄道をテーマとした作品はそれほどない。「あの短編」と「マジックミラー」そして本作ぐらい。(マレー鉄道はほぼ関係ない)。
そんな本作は時刻表ミステリながら、時刻表がない。そんなある意味での「はなれわざ」を決めたのが本作なのである。また、ストーカーはなぜ殺されたのか?という謎も同時に提出されるため、殺人犯・ストーカー犯・ストーカー被害者というある意味での三角関係の構図が提出され、事件の複雑化、ならびに明瞭化がなされるという稀有な作品なのだ。
有栖川作品の中で一番「短編集」としてレベルが高いのは?と聞かれたら私は「英国庭園の謎」「絶叫城殺人事件」と迷って最終的にこちらを選ぶレベルでは、有栖川作品の中でも上位に位置する短編集である。
担当 森林木木