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テリトーリオとしての津和野 vol.1: 地域は日本の基層
数々の名作を生み出した安野光雄が何故、イタリアに惹かれ、数多くの街や景色を描いた作品を残したのか、津和野で時間を過ごしていると少しわかるような気がします。赤い石州瓦が印象的な小さな城下町と周囲の田園地帯は、イタリアの地方の建物や景色を彷彿させ、この国で学生時代を過ごした私にとって、親近感を感じさせ、懐かしさを覚えます。
津和野は、小さいながらも中国地方の一つの藩としての歴史を持っています。日本が中央政権化に進んだ明治期の前、つまり江戸期は津和野のような小さな藩でも独立した自治組織であり、全国で260〜280もの藩が様々な文化や経済が独自性を持ったクラスターの集合体でした。歴史に名を残す偉人たちの多彩な出身地から分かるように、こうした独立心を持った多様な地域が日本の国力の源であり、独自性の基盤となっていたと言えます。しかし、高度成長期以降、東京などの大都市に人口が集中し、地域が衰退し続けていることで、こうした日本の独自性が弱まっているように思えます。それだけではなく一極集中した日本は、直下型地震などによる大都市型災害などに対する国全体としてのレジリエンスが脆弱となり危機管理においても喫緊の課題でもあるのです。
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いま津和野には海外から特にヨーロッパからの個人観光客が多く訪問され、さして宣伝もしていない私たちが経営するホステルも3割以上を占めています。彼ら彼女たちは、私がイタリア滞在中にこの国を知ろうと地域を数多く旅したように、津和野のような小さなまちを訪れ、日本の文化の源点を味わっているのです。そうしたお客様に「東京は行かないの?」と聞くと、肩をすくめて「大きなまちはどこでも一緒だから」という答えが返ってきます。ヨーロッパ人の感覚で見ても、地域こそ、その国の醍醐味なのです。大きな都市は、ダイナミックな経済や世界中から集まる刺激的な文化があり、多くの人を惹きつけますが、自然や景観が美しく、その土地ならではの文化を楽しめる自国の地域を衰弱させては、その都市もうまくいかず、またつまらないものになるでしょう。近代以降の都市に偏向した著しい経済発展の陰で、私たちは多くの地域文化を破壊し、衰弱させてきたことに無自覚であってはならないのです。
創造的な地域社会に向けて
江戸期の武士や町民以外は、ほとんどが農業従事者であった時代から、近代化が進むことで産業構造が変化して、第二次、第三次産業が盛んな工場地帯や都市部に地域から人口が移行することは大きな社会変革でした。このような都市に人口が集中する都市主導型経済社会において、少子化の傾向が強まりました。増えすぎた地球人口による環境負荷を考えれば、成長を追い求めてきた旧来の資本主義社会からの方向転換は必然ともいえます。地域も同様な経済優位性を求められ、企業集積、交通や物流の利便性に関心が高かったのですが、すでにこうした考えには限界があることは明白であり、地域社会は新たなビジョンにより舵を切り直さなければいけません。これを一方向性の消費する社会から循環と再生による繁栄をめざすリジェネラティブな地域社会を目指す機会と捉えるべきです。
過疎が進む地域は、多くは豊かな自然に恵まれています。その地域産業の基盤は自然を相手とした農林水産業です。これらが「一次」産業と呼ばれるように産業の基盤を復権させることが、地域を再生させる、いや日本を再生する鍵にほかなりません。TMCが拠点をおく津和野は過疎化する中国地方の中山間地域のひとつです。過疎から脱却するために作成された町の「第二期まち・ひと・しごと創生津和野町総合戦略」をみると、定住の基盤となる「しごとをつくる」の基本方針は、デジタル田園都市国家構想交付金を意識してか、IT産業を軸とした雇用創出がまず掲げられています。推察するにIT産業が多くサテライトオフィスを構えることで地域再生した神山などの成功事例を規範としているように思えますが、「神山」をIT産業の視点だけで見てはいけません。この町の基盤にあるのは「創造的過疎」というキーコンセプトです。相反するような言葉遣いに聞こえますが、「成長なき繁栄」をめざした創造性が掲げられているのです。神山の立役者となった「グリーンバレー」はまず国際交流から始まり、アートプロジェクトを始動したクリエイティブ環境の上で、私たちが見るワークインレジデンスやIT産業のサテライトオフィスの動きが生まれました。新しい産業が雇用を生み出すことは事実ですが、輝かしい上澄だけを見るのでなく、その苗床となった創造的な環境がとても重要なのです。
では、津和野はどのように創造的な地域社会になれるのでしょうか。この地域の大きな魅力は、高津川流域と青野山火山群がつくり出す多様な自然であり、そこで営まれる水産、農業、林業、それらがつくり出す文化的景観にあります。この資源をいかした創造的な地域になることで、クリエイティブ産業といわれているIT産業との相乗効果のポテンシャルが生まれます。そのためには、町の総合戦略で後半に言及している地域資源としての農業、林業をより創造的かつ総合的な戦略とすることにかかっているのです。私たちTMCが「テリトーリオ」に注目する理由はここにあるのです。もし少しでも興味を持って頂いたならば、これから「テリトーリオとしての津和野」について一緒に考えていきましょう。
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一般社団法人津和野まちとぶんか創造センター
理事 中西忍