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旅と酒場と男と女 ~鹿児島で挑んだ焼酎マラソンの行方~

鹿児島には、これまで何度訪れたかわからない。
父親が鹿児島出身ということもあり、子どもの頃はほぼ毎年来ていた。年に2回、盆と正月に来ることもあった。

子どもの頃の鹿児島は、カブトムシやクワガタがわんさか採れる夢の土地。たくさん採っては、埼玉に戻ってから友だちに分けていたもんだ。
じいちゃんばあちゃんの畑に遊びに行くのも楽しかった。

大人になって、鹿児島の見方が変わった。
ここでは、海の幸も山の恵みも存分に味わえる。
鹿児島は食の宝庫だ!

まずは肉。
鹿児島の肉といえば「かごしま黒豚」が有名だが、和牛オリンピックで2大会連続日本一に輝いた「鹿児島黒牛」もある。
そして、俺が特に大好きな「さつま地鶏」を忘れてはならない。
どれぐらい好きかというと、「鶏刺し」なら鶏一羽ぐらい冗談でなく余裕で食べられるぐらい好きだ。

何度も訪れている鹿児島だけど、県内一の繁華街・天文館通で飲んだのは、仕事で鹿児島を訪れたときが初だった。
このときも例により、夜の会食前にホテル周辺を散策。「鶏刺し」が食べられる酒場で一杯呑ることにした。

新鮮な「さつま地鶏」は味が濃く、鹿児島特有の甘い醤油、ニンニクとの相性は抜群。
普段はビール党な俺も、「鶏刺し」を食べるときは芋焼酎を選ぶ。
こうして「鶏刺し」と芋焼酎で呑ってるときは、「鹿児島最高!」と心の底から思う瞬間だ。

会食のメニューは「黒豚のしゃぶしゃぶ」。
薄く切ったバラ肉を、鰹出汁のスープにくぐらせ、スープの中の白髪ネギを巻いて食べる。
これがまた絶品!
芋焼酎のソーダ割りと合わせれば、豚一頭分ぐらい食べられそうな気がする。

二次会、三次会と、徹底的に芋焼酎を堪能した。
鹿児島出張は2泊ある。
いつもの1泊の出張とは違う。
「初日からそんな飲み歩かなくても……」なんて考えは1ミリも過ることなく、解散後はホテル近くの酒場を訪れた。

ここでも飲むのは芋焼酎。
ロック、お湯割り、水割りにソーダ割りと飲んできたが、遅い時間ほどロックが美味しく感じるものだ。

「明日も今日ぐらいの時間に来ます。埼玉帰るのは明後日だし、明後日は昼の飛行機に乗るだけだから、明日はガッツリ飲みますよ。」

そんなマスターとの話に割って入るように一人の美女が話しかけてきた。

「お兄さん、埼玉から来たの?
 私、この春に埼玉から鹿児島に帰ってきたの!」

この美女の名前は有紀(仮)。
有紀は鹿児島で生まれ、高校卒業と同時に上京。直近の5年間は埼玉に住んでいたという。
この年の春に転職し、約10年ぶりに鹿児島へ戻ってきたそうだ。
マスターとの会話の中に「埼玉」というワードが出たことに思わず反応してしまったらしい。

有紀は、なかなかのハイペースで芋焼酎のロックを飲み干していく。
俺はというと、この時点ですでに10時間以上も芋焼酎を飲み続けていて、けっこう酔いが回っていた。
そんな素振りは見せないようにしつつも、もうそろそろ限界だ。
有紀との埼玉話は実に楽しかったが、俺はこのグラスを空けたら帰ることを伝えた。

「私も明日、また飲みに来るからガッツリ飲みながら埼玉話しましょう!
さっき聞こえたけど、明後日まで鹿児島にいるんですよね?」

有紀と連絡先の交換はしていない。
もし翌日も飲めるならそれはそれで楽しそうだし、これがその場だけの社交辞令だったとしても、そんな誘いに乗ってしまった笑い話が一つ増えるだけ。
俺は、翌日も同じ酒場へと飲みに行った。
会食は予定より早く終わり、前日より1時間早く酒場へ着いたが、有紀はもうカウンターで飲んでいた。

「早かったですね! さぁガッツリ飲みましょう!」

俺はすっかり忘れていた。
昨夜、有紀がかなりのハイペースで芋焼酎を飲んでいたことを。
そしてそのペースで飲んでも、一向に酔った様子を見せなかったことを。
この可愛らしい笑顔の裏に、とんでもない酒豪の顔を持っていたことを。

有紀はとにかくお酒が強い。
そして飲むペースが早い。
俺も一般的にはお酒が飲める方……なはずだ。
しかし、有紀のペースは尋常じゃない。
そして俺のちんけなプライドが、そのペースに合わせて飲むことを選んだ。

「私、いつも飲むペースが早いって言われるんです。
だからこうやって同じペースで飲んでくれる人、埼玉にいるときに知り合いたかったなぁ。」

有紀は酔っぱらったことはあるが、酔い潰れたことはないらしい。
過去には酔わせてどうこうしようと近づいてきた男もいたが、相手が悪いと男の方から逃げていったようだ。

ボトル3本目がもうすぐ空きそうだ。
「鶏刺し」ならまだまだ食べられるけど、芋焼酎はもうそろそろ限界。
そんなとき、俺はふと子どもの頃に聞いたおじちゃんの話を思い出した。

地域の運動会の余興に「焼酎リレー」という種目があったそうだ。
ルールは簡単。
焼酎のボトルをバトンにして、メンバー8人が順番にトラックを走り順位を競う。
しかし、「焼酎リレー」には一般的なリレーとは少しだけ違う点があった。ゴールした時点で焼酎のボトルは飲み干していなければならないというルールだ。
早く走るのは若手に任せて、おじちゃんは焼酎を飲むことに集中し大活躍したそうだ。
この競技では、早く走る人以上に、早く大量に飲む人の方がヒーローなのだ。
幼かった俺は、

「俺は大きくなったら、走って飲む!」

と張り切っていたが、大人になった今、わかったことがある。
現代に「焼酎リレー」があったとしても、俺はおじちゃんのように大活躍はできなかっただろう。
だって俺は、上京してからお酒を覚えたような女性にすら歯が立たないのだから。

もう1本、ボトルを追加されたら俺は飲めるだろうか?
このペースはいつまで続くのか?
でも、今日の俺は調子がいい。ペースさえ落ちてくればもう少しは飲んでいられそうだ。
俺は、「焼酎リレー」ならぬ「焼酎マラソン」に挑んでいる気分だった。

「明日もあるし、これ飲んだら帰りましょ。
本当に楽しかった!
また鹿児島に来ることがあったらここに飲みに来てよ。
ご縁があれば、会えるかもね!」

そんな俺の考えを察したのかどうかはわからないが、有紀の方からそう言い出してもらえて少しだけほっとしたことを覚えている。

店を出て、俺は自分の呂律が回らなくなってきていることに気づいた。
有紀は少しテンションが高くなっている程度で、見た感じ大きな変化はない。
薩摩おごじょ強し。
何を勝負してたってわけじゃないけど、俺の完敗だ。
その前から飲んでたとか、そんな次元じゃない。
この日以来、俺は「お酒が強い方」とは口にしなくなった。
一方で、改めて鹿児島が大好きになった。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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南原卓也(美味いビールが飲みたい)
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