我が家の冷凍庫の発掘調査
ネパールの山奥でニジマスの養殖をしている村田です。
今日はちょっと最近の出来事をお話します。
数日前落雷による停電があった。
翌日になっても電気は来ない。
私の住んでいる村では雨季直前のこの時期(四月〜五月)には雷が鳴るたび、風が吹くたび、雨が降るたび、妻が屁をこく度に電気が止まって半日〜一日、場合によっては十日くらい停電している。
三日位の停電だったら殆ど実害は無いのだが、四日目位からはちょっと厳しくなってくる。
と言うのもこの時期我が家の冷凍庫(上部に大きな蓋が付いていて白くてデカい冷凍庫)にはニジマスの出荷用の氷はもちろん、ニジマスの稚魚の餌にする水牛の肝臓ペーストや自家製の餌の展着剤、山で採ってきた山菜や薬草、スパイスやサソリの油漬・・・その他諸々の普段は勿体なくて食べられない鑑賞用の食材が満杯に詰まっている。
もし、これが溶けだして絶滅の危機に瀕するとちょっとした大災害なのだ。(仕事関係の資材はどうでも良いのだが、勿体なくて食べられない食材を溶けてしまう前に短期間で消費してやっと片付けた途端に電気が復活したりすると、空の冷凍庫を前に思い切り罪悪感にかられ憂鬱になる。)
この時期の停電では、何度も何度も何処かのトランスに雷が落ちて焼けたり、木の電柱が腐って倒れたり崖崩れで送電線が切れたりする度に電気が止まる。
また、一時的に応急処置をした場合は、それを本修理する度にも停電になる。
でも、面白い事にこうして何度もあちこち停電しているうちにやがて壊れる所が無くなってくるのだろう、少々の雨風では停電しなくなってくる。
そして、長い長いネパールの雨季はやって来る。
雨季でも場所によって雨量は大分違うのだが、ニジマスの養殖をする様な良い水がある場所は大抵雨季には大変に良く雨が降る。
私が住んでいる谷ではいつも大体六月から九月の下旬までずっとずっと雨が降る。
山の中腹にある養殖場から下界をのぞむと、あちら側は晴れていて日が差していても、こちら側は雨が降っている。
洗濯物も乾かない、薪も湿っていて火がつかない、布団もかび臭い、何処にも行けない、何もできない・・・畑の野菜も私も腐り出す・・・もう本当に雨季にはうんざりするのだが仕方がない。
雨季に出荷や買い出しでカトマンズに出る時などゴム長靴にレインコートを着込んでオフロードバイクでドロドロになりながら、あちこち崖崩れしている険しい山道をゆく。
レインコートの中まで汗でびしょびしょだ。
オマケに完全装備でいざ出かけてみると、雨が降っているのはうちの周辺だけで下界は完全に晴れていたりすると恨めしくなる。
向こうに着くとカンカン照りなのに私だけが泥んこでレインコートにゴム長靴で暑くて大汗をかいていたりする訳だ。
バイクも泥んこモトクロスに出場したみたいに泥だらけで、高圧洗浄機で洗わないと綺麗にならない。
今年もこの時期例年通り毎日のように停電している。
で、そんな折りに、二年ぶりに我が家の冷凍庫(200リットル)の全発掘調査を行う事にした。
古い貰い物の中国製の冷凍庫は上部の蓋のパッキンが硬化しているせいで異様に霜が発生して殆ど氷と化した内部は全て一体化してしまい堆積岩のように硬く固まっている。
貰った時は容量も大きくて上部の蓋を開ければ物も取り出し安くてとても重宝したのだが、数年経ってニジマスの養殖が本格的になると内容物が増えてしまい霜で全部くっついてしまうともうどうにも不便である。
所々つららなんかもある。
到底素手で立ち向かえるような状態ではない。
仕方が無いので水を注ぎ込み氷を溶かしながら所々タガネとハンマーで慎重に発掘作業を進める・・・と、かなり色々な物が出土する。
ビニール袋の切れ端・・・凍りついたものを無理やり引っ張って剥がした残骸だろう。
長めのタバコの吸殻・・・1年ほど前にタバコを吸いながら探し物をしていてうっかりとクレバスに落としてしまった記憶が蘇る。
忘れ去られた凍結魚数点(乾燥してパサパサ)・・・そのうち食べようと思って冷凍庫にほおりり込んでそのまま忘れ去られたものだろう。
それに無くなってしまったと諦めていた食器だとかタッパーの蓋だとか、鶏のモモ肉、大根のしっぽ、誤って冷凍庫に落ち込んで、そのまま凍死してしまった季節季節の昆虫類も数種類。
更に、色とりどりの買い物用ビニール袋に入った得体の知れない古代(この数年)の食材?(判断できない)と思われるのもに混じって自家製のブルーチーズや筋子、サラミ、ベーコン、ジャックフルーツ等の財宝も出土した。
最後に冷凍庫の底にへばり着いた一番高そうな塊を慎重に取り出してみると・・・何と料理用の巨大な板チョコ(500g)とピザ用モッツァレラチーズ(1kg)だった。
まさにそれは二年前のコロナによるロックダウンの頃、我が家の食料が底をつきそうな時に、あちこちで警察官に尋問されながら・・・ある時にはネパール語の全く通じない中国人に扮したりして決死の覚悟でカトマンズに出かけて行って買って来た思い出の品であった。(当時のロックダウンは相当に厳しいというか荒っぽくて、警察官による暴力は相当なものだったから、この頃の買い出しは結構怖かったのだ。)
このチョコレートとチーズはそのあまりにも過酷であった買い出しの後、ついに勿体なくなってしまい大切に冷凍庫に仕舞われてしまったのだろう。
で、何で板チョコが冷凍庫に・・・という謎も残るのだが・・何時までも感傷に浸っていても大量に出土した異物・・・じゃなかった遺物が溶けてしまうので引き続き手早く作業をかたづけてしまう。
ちょうどその日はおり良く近所の牛から絞ってきたばかりの大量の牛乳と、採れたて地鶏卵があったのでそれを使って早速にチョコレートアイスクリームをチャチャっと作る。
香りと風味付けにはバニラエッセンスと秘蔵のブランデーを惜しげも無くほおり込んでかき回した。
確か生クリームも凍らせてあったはずだと思ったのだが、どうも食べてしまったようで見当たらない。
そうそう、そおいえば生クリームは紙パックに入ったロングライフの1リットルで開封するまではキッチンの棚にデコレーションして毎日鑑賞していたのだった。
スポンジケーキを焼いてホイップにしようか、ドーナツに付けようか、アイスクリームもやりたいし、コーヒーゼリーも捨て難い、クリームシチューも作らないと・・・などと毎日眺めて暮らすのは実に楽しいものだ。
封さえ切らなければ永遠に楽しめるのだが、やがて我慢しきれずに開封してしまい、結局どおやって消費したのか覚えていない。
さて、出土した板チョコとモッツァレラチーズだが、本当の事を言えばピザが作りたかったのだが最近我が家の薪と小麦粉が底を付いていたので今回は諦めるしかない。
ちなみに我が家ではピザは風呂釜で焼く。
薪で風呂を焚きながら、良い加減の炭火になった頃を見計らってスコップにトッピングしたピザを焚口から中に差し入れると数分で本格的なピザが焼けるし、風呂にも入れるという完璧なシステムだ。
だが、薪が無いのでは風呂にも入れないしピザも焼けない。
したがって、板チョコと一緒に出土したモッツァレラチーズは残念だが再び厳重に密封して冷凍庫の一番奥に・・・今度は何年後に出逢えるだろう・・・せめてその時には疫病も飢饉も戦争も終わっていることを願うばかりである。
そうそう、アイスクリームの方はその後大好評で大きな2リットルのボールいっぱい作った筈なのに妻と近所のおばさん連中で翌日には完売。
チョコレートは高いから今度はラムレーズンにしてみようかな。
つづく・・・かも?