競業避止義務違反について①

最近、相談が多いので、競業避止義務について、私なりに説明したいと思います。

1 役員、従業員の競業避止について
 競業避止義務とは、「使用者と競合する企業に就職し又は自ら共同事業を営まない義務のことをいいます(高部眞規子「実務詳説 不正競争争訟」(金融財政研究会、2020年)340頁)。
 たとえば、在任中の役員あるいは在職中の従業員が、ほかの従業員の勧誘や引き抜きを行うことや、同種事業を行う会社を立ち上げることは、競業避止義務に違反する行為ということになります。
 従業員が、競業避止義務に違反した場合、会社としては、懲戒処分や損害賠償を検討していくことになります。そこで、以下では、在職中と退社後に分けて、それぞれ参考となる裁判例を見ていきたいと思います。
 
2 在任中又は在職中の場合の義務違反の場合
 会社と従業員は、労働契約を締結し、会社は従業員に賃金を支払い、従業員は労務を提供することになるわけですが、この労働契約において、労働者は単に労務を提供すれば良いというものではなく、労働契約法3条4項に、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。」と規定されていることから、労働者は、誠実に業務を提供する義務を負っていることになります。これを、従業員の忠実義務・誠実義務と呼びます。
 そして、一般に、この忠実義務・誠実義務を負っていることから、従業員が、在職中にもかかわらず、競業行為を行って使用者に損害を与えることは、忠実義務違反・誠実義務違反に該当することになります。
 これは、役員の在任中の場合でも話は同じです。役員の場合、労働者と異なり、会社との労働契約ではなく、会社との委任契約になりますが、委任契約の中身として、同じく忠実義務・誠実義務が課せられていると考えることができます。
 そのため、従業員の在職中に行われた競業行為については、就業規則の定めや、誓約書等がなくても、在職中の競業避止義務を認められています。 
たとえば、福屋不動産販売事件(大阪地判令2・8・6)では、従業員7人を同業他社に引き連れて転職しようとしたとして、懲戒解雇された本部長らが地位確認等を求めた事案において、大阪地裁は、単なる転職の勧誘にとどまらず、社会的相当性を欠く態様で行われた引き抜き行為で、懲戒解雇を相当と判断しました。
実際に、この本部長は、引き抜こうとした従業員らに対し、給料の上乗せや、300万円の支度金を提示して転職の勧誘を繰り返していました。しかも、本部長が声掛けしていた従業員らは、いずれも成績優秀な営業であり、会社の経営に与える影響は大きいと判断されています。
 ほかにも、ラクソン等事件(東京地判平3・2・25)では、英会話教室の運営を手がける会社において、従業員A(取締役営業本部長)が、部下29名を引き抜き、同業他社(乙社)に転職したことについて、会社がAと乙社に対し、損害賠償を請求しました。
 裁判所は、従業員による他の従業員の引き抜き行為について、「…単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず、したがって、右転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても、右行為を直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできない」と判示しつつ、「しかしながら、その場合でも、退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行う等、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり…これをしないばかりか会社に内密に移籍の計画を立て一斉、かつ、大量に従業員を引き抜く等、その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負う」としました。
 また、「社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」と判示し、問題のAの引き抜き行為について、以下のように判断しました。
 「Aは、甲社の営業において中心的な役割を果たしていた幹部従業員で、しかも本件引き抜き行為の直前まで甲社の取締役であったうえ、配下のA組織とともに甲社が社運をかけたレキシントンの企画を一切任されていたのであるから、AとともにA組織が一斉に退職すれば、甲社の運営に重大な支障を生ずることは明らかで、しかもAはこれを熟知する立場にあったにもかかわらず、Aは本件引き抜き行為に及んだうえ、その方法も、まず個別的にマネージャーらに移籍を説得したうえ、このマネージャーらとともに、甲社に知られないように内密に本件セールスマンらが移籍を決意する以前から移籍した後の営業場所を確保したばかりか、あらかじめ右営業場所に備品を運搬するなどして、移籍後直ちに営業を行うことができるように準備した後、甲社への退職届けを郵送させたというものであり、その態様は計画的かつ極めて背信的であったといわねばならない。Aの本件セールスマンらに対する右移籍の説得は、もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を逸脱した違法な引き抜き行為であり、不法行為に該当すると評価せざるを得ない。したがってAは、甲社との雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、本件引き抜き行為によって甲社が被った損害を賠償する義務を負う。」
 また、Aの転職先である乙社についても、「ある企業が競業企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為として右引き抜き行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があるものというべきである。乙社の行為は単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引き抜き行為であるといわざるを得ない。したがって、乙社は、甲社と本件セールスマンらとの契約上の債権を侵害したものとして、Aと共同して本件引き抜き行為によって甲社が被った損害を賠償する責任がある」として、乙社に対する損害賠償請求も認めました。
 このように、在職中の幹部従業員が、単なる転職の勧誘の域を越えて社会的相当性を逸脱して極めて背信的方法で引抜きが行われた場合は、雇用契約上の誠実義務違反として債務不履行ないし不法行為の責任を負うということになります。
 しかしながら、いくら損害賠償請求が認められても、会社としては、優秀な人材を多数失ってしまった場合、その損失はお金には変えがたいものです。会社としては、普段から、従業員による引き抜き行為が発生しないように、工夫をしておくことが大切です。