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心の拠り所としてのFGO、思い出の収奪という形のFGO
私は初めてnoteを使う。
ユーザー名は仮である。
適当な四字熟語だ。頭をとって愁とでも呼んでくれればいい。
何しろ、これから話すことは荒れるかもしれないと容易に想像できる話で、それ故に私は普段のハンドルネームを捨てて話させてもらうことにした。
ポホヨラのクリスマスイブ。
2024年におけるクリスマスイベントだ。
この記事を書いている真っ最中、楽しく遊ぶはずだったイベントである。
何が問題かと言うと、この近年、メインストーリーにおける主人公(藤丸立香/ぐだ子・ぐだ男)の立ち絵の露出が激しいのだ。
メインストーリーだけならまだ、演出上の都合だと我慢ができた。心苦しいのは変わらないが。
ところが今イベントに於いては、執拗な程に立ち絵が出るのである。
挙句、配布サーヴァントの宝具演出にまで出張するという始末。
公式サイトには昔、「主人公はあなた」といった旨の文言が書いてあったように思える。
それも、つい最近まで。
2024年12月現在、そういった表記が失せてしまった。
それでも、一応「プレイヤーは主人公となり」というような文面になっているが。
元々は「プレイヤーこそが主人公」と聞いて始めたのだ。それ故に金をかけたのだ。
それが、なんの知らせもなく手のひらを返される。
騙し討ちもいいところではないか、とさえ思えてくる。
他のプレイヤーと、自分のカルデアでは育成状況も、お気に入りのサーヴァントと重ねてきたクエスト攻略の思い出も一つ一つ違う。
聖杯を捧げた相手も、培った絆も。
だから、「プレイヤー=自分=主人公」であることに間違いは無いはずだ。
昨今の流れはプレイヤーと、キャラクターとしての主人公を切り離していこういこうとしているように思えてならない。
率直に言おう。
ぐだ子、女主人公、という存在が日に日に目障りに感じてしまっている。
出しゃばるなというストレスでイベントが入ってこない
のである。
not for meの精神で離れろと言われるかもしれないが、嫌なら見るなと言われるかもしれないが、金をかけて時間をかけ、愛着を持ったゲームを簡単に捨てられるかと言うと否である。
愛着に対する詳細は後述していく。
一応男主人公に対しては負の感情を感じないため、今回は男主人公に性別を変えることで対処とした。
しかし、しかしだ。
ことぐだ子に対してそう感じてしまうのは、二次創作に対して目に余るほどのノマ厨・女主厨の悪目立ちのせいでもあるのだろうという気持ちは否定できない。
ここで勘違いしないで欲しいのだが、通常の範疇にてNL・HL・男女カプを愛するだけであれば「厨」にはあたらない。
しかし、「厨」と呼ばれる者が悪目立ちするのがこの「女主厨」「NL厨」という厄介なファン達であり、ぐだ子界隈における頭痛の種なのだ。
厄介を極めるファンは時にアンチよりも悪質と言うが、その最たる例とも言えるかもしれない。
彼ら・彼女らにとって、女主は
「無垢で健気で恋愛には鈍感で男を簡単に発情させちゃう魔性の処女ちゃん♡」であり、「新規男性サーヴァントやNPCが出る度に女主ちゃんのアクセサリーにしちゃう♡」という流れが常習化している。
NLでさえあればなんでも許せるはずだとし、隠れることをしない。
その姿勢を批判したら「恋愛嫌いの喪女」のレッテルを貼るか「腐女子」だの「キモい夢豚」のレッテルを貼りだして、いかに男女カプと言えど公式非公式でどういう関係であろうがカップリングという二次創作は隠れねばならないという事実を無視して攻撃ばかりする。
架空敵でもなんでもない。
これは実際私がされたことのある行為である。
もちろん、FGO以外のジャンルでも同じことはあったが、今回の本題には関係がないので置いておく。
さて、男主人公の場合はなぜ大丈夫かと言えば、日常ものも多いからに尽きるかもしれない。
さらに言えば、公式における、ゆるい日常スピンオフなどが好例だろうか。
ぐだ男の場合、カプについてフラットな界隈にいる自分のタイムラインに対し、あまり目に入ってくることがなかった。
「言うてBLなんで」で住み分けてくれることが多かったのだろう。
大切に育てたサーヴァントに対しての明確なBLは見られないが、それ以外(大切に思うサーヴァントは千差万別だ。私が思うサーヴァント以外を大切にするカルデアの話などは特に良いものである)なら安心して楽しむことが出来るのもそのおかげだと思う。
切り離して考えられるだけの土壌をずっと保っていてくれたのだ。
私は少なくともFGOに於いては好きなサーヴァントからは女扱いされたい。他の作品なら男として思われたい場合だってあるが。
少なくとも女で居たい世界で、その通りにすごしていた。
バレンタインやメインストーリーの一部など、男女で反応が変わることだってあろう。
その差異について、私はより没入し物語を楽しむために女という選択肢を取っていた。
なぜなら、主人公は私であり、そしてこのゲームを楽しむプレイヤー同志諸君であるのだから。
そこへ突然現れた私では無い別人が私の思い出を乗っ取って、私が築いたはずの絆を奪って、私に向けられた大切な仲間からの好意を収奪して、それが苦しくて許せないんだと思う。
古参のFGOプレイヤーなら分かるだろうか、メインストーリー一部から二部にバトンタッチが行われる際に『カルデアを明け渡す』というピンチの際に、自分の大切なサーヴァント達が奪われるのではないかと憂いた層もいることだろう(勿論、その中に私が好まない『厨』もいたとは思うが)。
それをイメージして頂きたい。
それでもピンとこないのであれば、一生懸命育てたあなたの大切なゲームデータを、知らない人に横から奪われ乗っ取られて帰ってこない、だとか、いわゆるNTR趣味のない人が行われたNTRだとか、つまりはそういうことだ。
そこに居たのは、求められていたのは私では無い。大切に注いできた時間を壊された。無駄にされた。お前などお呼びでないと無下にされたのである。
何年という単位で時間を共にしてきた。
自分だけの思い出だってある。
課金だって勿論している。
ネタみたいなガチャ結果に笑ったこともある。
どんなに負けても、どんなに苦戦しても、腕前の悪い私なりに色々楽しんできたし、そこが私の青春でさえあった。
ディスティニー召喚に運命を感じだってした。
だけど、その思い出は私だけのものなのに。
お前のものじゃないと馬鹿にされる筋合いは無いのに。
それでも収奪されるのだ。
私では無い者に乗っ取られるのだ、私の思い出という、人生の一部を。
気持ち悪い。
ぐだ子のことだけがどんどん嫌いになっていく。二次創作に於いてカプじゃなくても好きなサーヴァントの近くにいるだけで嫌だ。
ファンアートが見られないまでならまだ良かった。自衛くらい私もしている。
だが、公式で執拗に押し付けられるのでは訳が違う。
目障りだと、本気で、心から思ってしまったのだ。
なにより、
そう思ってしまう自分がとても嫌だ。
こんなこと、考えたくないのに。
ゲームとは遊戯だ。遊戯とは楽しくあるべきだ。それなのに、どうしてこうも自己否定を突きつけられてしまわねばならないのだろうか。
願わくは、イベントでなんの心構えもなしに主人公立ち絵が出ることや、宝具演出に主人公が出ること、これ以上プレイヤーと主人公キャラクターの乖離が進まないでいてくれることを願うしかない。
生きていたって苦しくなるだけだ。