中国語教材『プリンセス ぱにっく!』を作ってみました
今まで作りためた初級中国語の教材をまとめてみようと構想したのはもう5年くらい前になりますが、先月ようやく、自主制作の電子書籍でリリースしました。
550ページを越える書籍で、紙媒体だととても1000円+税では出せなかったと思いますが、便利な世の中になったものです。
このベースとなったのは、前任校の中国語インテンシブ作成したものの半分です。授業を構築する上でベースにしたのは、1996年からお世話になっている、慶應義塾大学大学SFCのインテンシブ中国語です。これは、やや毒のある恋愛絡みの内容のテキストの上に、直接導入と膨大なパターン練習による文法練習によって組み立てられておりました。前任校では、オリジナルのものがたりとパターン練習帳の作成をしましたが、今回リリースしたのは、ものがたり部分と、パターン練習帳のうちの練習問題の一部です。これに文法解説を書き下ろして、自習用として一冊にしました。
私は日本語母語話者なので、ネイティブチェックが必須です。そこで頼りにしたのが、SFCに多く在籍する、日中両語の完全バイリンガルの学生さんでした。おおむね中学校までに中華圏から日本に移住し、持ち前のポテンシャルの高さを活かして一気に大学進学の実力を身につけるパターンです。ですのでこちらのニュアンスの意図をきっちり読み取って表現を精査してくれました。この子達の協力なしには絶対に完成しておりません。
リーディングテキスト プリンセス・ぱにっく!
ものがたり部分は前任校の学生さんと相談しながらストーリーを作っていきました。基本設計としては
1:テンプレのハーレム系
2:初級文法のテキストであることからずれすぎない
3:しかし、未修文法でしか表現できなければ、注釈をつけて採用してしまう。
普通、テキスト本文では既習文法のみを採用するのですが、表現があまりに不自然になってしまってもよくありません(それでも、若干は「テキスト」に寄った表現にはしておりますが)。そこでコンセプトを「一度中国語を履修した人が、もう一度スタートを切るための教材」ということにしました。前任校でも、リーディングはあくまで課の最後の総仕上げ的な位置づけで、全部は理解出来なくてもいい、というい方針だったので、初級テキストとしては難しめだったのですが、リリースするに当たって、表現を見直し、「本当は(未修の)この表現の方がいいんだけどな」という部分をそちらに寄せました。
プロローグ
ごく普通の町に、ごく普通の男子高校生が住んでいました。彼の名前は
林原慶はやしばらけい。この家に独りで住んでいます。本当は4人家族なのですが、母と妹は海外赴任の父親について行ってしまいました。彼には池田絢菜という幼なじみがいます。まあ、腐れ縁ってやつですかね。(中略)
さて、そんな慶君のもとに突如現れた一人の女の子メイリン。その子、な
んと「月亮公主」(月のお姫様)などと言うのです。
主なキャラクター
メインキャラ
下:美玲―メイリン(美玲Měilíng)身長146cm 16 歳だが13・4 歳にしか見えな
い。自称「月のプリンセス」。でもすべてが謎。いつもにこにこしていて
無邪気を絵に描いたような子。
上:林原慶―はやしばら・けい(林原庆LínyuánQìng) ごく普通の高校生。だれ
にでも優しいというか、あまりプライドがないというか・・・。成績も中く
らい。独りっ子なので、姉か妹にかわいがられる未来を夢みていた。優香
先輩にあこがれてもいる。たまに女の子に間違われる。
左:池田絢菜―いけだ・あやな(池田绚菜ChítiánXuàncài)
慶と同級生で幼なじみ。慶の両親に頼まれて慶の面倒を見にしばしば家に
立ち寄る。成績は学年トップで秀才タイプの少し近寄りがたい存在。家事
もできるが料理だけは壊滅的。
右:鳳凰院優香―ほうおういん・ゆうか(凤凰院优FènghuángyuànYōuxiāng)
慶・絢菜と同じ高校に通う、一つ上の先輩。鳳凰院財閥の令嬢。兄を差し
置いて家督を継ぐことが決まっている。誰にでも優しくてあこがれの的。
絢菜のツンデレぶりを観察してにやにやするのが趣味。でも優香に対して
はかわいい後輩以上の感情も・・・
サブキャラ
鳳凰院惟喬―ほうおういん・これたか(凤凰院惟乔FènghuángyuànWéiqiáo)
優香の兄で鳳凰院財閥の経営する病院の院長。そこそこ優秀ではあるが、妹
ができすぎるために家督を譲って好きな医学の道に進んでいる。慶や優香と
も面識があり、特に慶のことを気に入っている。
妹尾詩織―せのお・しおり(妹尾诗织MèiwěiShīzhī)絢菜の小さい頃からの
友達で、慶とも親しい。流行に敏感で世話好だが、他人のことに首をつっ
こみすぎるきらいがある。
暁星―シャオシン(晓星Xiǎoxīng)メイリンの家族で見た目はメイリンそっ
くり。優秀で何でもできる。しかし性格にやや難が・・・
ざっくりあらすじ
邪魔な慶君の両親は海外にすっ飛ばして、そこに女子が次々転がり込むという、平成のテンプレなのですが、天然キャラのメイリンのことを最初はよく思っていなかった絢菜が、ある事件をきっかけに、保護者的なポジションになっていきます。慶くんが大好き、と無邪気に言うメイリンの存在によって、逆に幼なじみポジだった自分の気持ちを再確認していく・・・。財閥令嬢の優香先輩は、ハーレムの中には入らず、可愛い妹のような絢菜の様子を見て楽しみつつも、慶くんとの距離を縮める絢菜に少し複雑な気持ちも抱く(残念ながら、その百合展開までは描けませんでしたが)、そんなストーリーで、最後は
「我们的故事,未完待续(俺たちの物語はまだまだ続くぜ!)」
で打ち切られます。
イラストの力
前任校のテキスト時代から進化は、キャラクターデザインを固定し、1課にイラスト2枚を載せた所です。前任校でも絵を描くのが得意な学生さんがいて、その子のキャラデザもとてもよく、大切にしているのですが、なにぶん前任校では管理運営のウエイトが高くなりすぎ、本文の策定だけで手一杯になってしまいました。前任校を退職し、野良猫になって時間が出来たくらいのタイミングで知り合ったのが、このSFCに入学してきたこゝこゆみ先生です。
こゆみ先生は私がよく顔を出していたサークル「Unreal」のメンバーで、同人誌を出していると聞き、思い切って頼んでみました。そのときは私も出版までは考えていなかったのですが、著作権の保持の仕方など、様々なテンプレを読んだりして、契約関係を二人でつめたのも勉強になりました。
話の日本語訳(後に中国語も履修してくれましたので、今では読めると思います)を渡して、ラノベみたく、一話につき2枚のモノクロのイラストをお願いしました。有償でイラストをお願いするのは初めてだったのですが、驚いたことに、全部で26枚書いてもらったイラストのうち、微修正をお願いしたものは2枚だけ、つまほとんどが、初手で私のイメージ通りのものが上がってきたのです。プロ(ではないのですが)の絵師さんって、そんな感じなんでしょうか。
どれも大好きなのですが、特にお気に入りはこの2枚
一枚目は水着回のイラスト、何で学習教材にそんなものがあるのか、というツッコミはさておき、単に「三人に水着を着せてください」としか言っていないのに、「こんな水着だと可愛いな」というものをあっという間に描いてくださいました。
もう一つは物語の最終盤、賭けに負けて一晩絢菜と同じ部屋で寝ないといけなくなった慶くんが、絢菜と話している場面です。
「私にカレシができたらどう思う?」という絢菜の質問に、慶くんは「嬉しくないだろうな、一番好きな友だちを取られる気がして・・・」と答えます。絢菜ちゃんは「我知道你说的这话根本没有别的意思,不过,我能期待我和你将来会有结果吗?(別な意味なんかないってわかってる。でも、脈ありって期待しちゃって、いいのかな??)」 慶くんの朴念仁、どきっとする絢菜ちゃん、その二人の対比がこの表情や姿勢の中に凝縮されていて、絵が描ける人ってすごいな、と思いました(多くの作品を出しているこゆみ先生に失礼)。
文法篇
こちらはとある企業で1年間の授業を頼まれた時に作成したものがベースです。詳細はお話しできないのですが、生徒さんはちょっと特殊な勤務形態で、どうしても穴が空いてしまうこともあるので、自習できるレベルの解説をつけました。今回リリースするに当たり、発音篇部分だけはどうしても音声が必要なので、ネイティブの学生さんにお願いして作成しました。本当に手作りです。これを共有ドライブの中に入れて再生していただくとともに、教科書を開くのがめんどくさい人のために、動画にもしてみました。
毎課の構成は、
単語→文法解説(解説・練習問題)→まとめの作文→プリンセス・ぱにっく!
です。単語表は、繁体字も掲載おります。簡体字の元の字が何かを知っておくのは理解が深まりますし、繁体字のテキストも読めるようになるといいと思ったからです。あとは、HSK(もうじきリニューアルしてしまいますが)の目安レベルを入れてありますので、自分の目的意識に応じて、どのくらいまでは覚える、みたいな調整ができるようにしています
本文で意識したのは、イメージがつかめるような図や表を多く入れたことと、論文や書籍を引用して、興味を持った人がその文章を探して読めるようにしたことです。ここがいわゆる教科書とは異なる部分で、大学生のみなさんが、学習を広げられるように、そのような構成にしました。
本文もそうですが、文法篇も私の趣味を隠さず出しております。(まあ、そのために「教科書としてはちょっと・・・」と出版社からは断られたわけですがw。ただ、マンガやアニメでどのように翻訳されているのかを調べるのはとても勉強になりました。翻訳は玉石混淆なのでその点は注意が必要ですが、なるほど、と膝を打つものが多かったです。一つだけあげましょう。
未来を語る”会”の項目で、出典はソニーグループが手がけるゲーム「アイドリープライド(IDOLY PRIDE)」のアニメの一節です。(本文pp.259-251)
これをもう一歩進めると、「しょっちゅう~する」という習慣について使う用法になります。未来の予測と習慣は相性が悪い気がしますが、実はそうではありません。習慣とは「今までそうだったからこれからもそうだろう。」という予測を内包しています。「アイドリープライド」の中では、今まで牧野にしか見えないと思っていた幽霊の麻奈の姿を、芽衣に見られるシーンがあるのですが、牧野が芽衣に、麻奈の幽霊がいることを口止めすると、芽衣は「分かってるよ。芽衣もよく嘘つきって言われたし。」と承諾します。そのbilibili訳は“嗯,我知道,大家也经常会说我是骗子。(みんなしょっちゅう私を嘘つきと言う)”でした。これが習慣の“会”ですが、日本語に訳出できないので、捕まえにくい概念です。
まさかの電子出版・・・
最初はこんな形で一般公開をする想定ではなかったので、wordにルビでピンインを振る、という、後でどうにもコンバートできないもので作業してしまいました。レイアウトを整えるのは至難の業(でも早速ずれているところを発見())、しかも、ルビをつけてしまうと、word上では複数文字での検索ができなくなってしまうのです(正確には「ルビを越えては検索できない」)。内部でどのように処理されているかを考えればわかることでしたが、制作に非常に支障を来しました。ある単語が初出であるかどうか、検索をかけられないからです。また、ルビのおかげで書式が複雑になりすぎて、PDFに変換するのに大変な時間がかかりました。word→インデザインのコンバートも試みましたが、ルビは大きな障害となりました・・・
教材を作るだけなら便利なルビ機能ですが、なぜ使われていないのかよくわかりました。次までにインデザインの基本的なことは覚えなければ。
出版するにあたり、二次使用の許可をとるべく、こゝこゆみ先生に連絡をとりました。そうしたら
「それは全く問題ないです。でもなんですか!その表紙は!! いいですか?表紙は本の顔なんですっ!」
と怒られてしまいました。 そこまで気が回らず、私が作ったのはこれ
本当は頼みたかったですが、すでに先生も社会人。電子書籍出版社のボイジャープレスと打ち合わせた期日を考えるとさすがに難しいよなあ、と思って自作したのですが、TwitterのDMで思いっきり怒られ
「わたしがやります!!」
まぢか・・・ 神なのか??
話をいただいて一日でラフが。もうそのクオリティに愕然としました。そしてできあがったのがこれです
もしよろしければ買ってください。ねこのご飯がグレードアップします・・・