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失敗したかな。手遅れなのかな。ーー成長小説・秋の月、風の夜(76)

#13 百年の孤独のようなもの

高橋は、しばらくの間距離をおいて、じっと四郎を見ていた。
……うつぶせになるように、身をつかみしめたままだ……

たぶん、のぞきこんではいけないのだろう。離れろと言われた以上は。
うっかり近づいて触れると、あの巨大なくじらの舌のようなものが、すかさず高橋の自律性を巻き取ってしまうかもしれない。

ふいに、自分がどこまで作業をしたのだか、わからない心もとなさがおしよせてきた。
奥の人の中から、生身の人間を取り込んでいく、舌なめずりをするような悪魔性をひっぱりだした。四郎の物理的な体のなかに、どうやって折りたたまれていたのかがわからないほど、ねっとりして異様で巨大なボリュームを持っていたそれ。

(引きずり出して、四郎が消して……大丈夫だったんだろうか……)

四郎が動かない。

もし、もし万が一、四郎の本体が、あれに呑みこまれて……今自分がみている四郎のこのカラダが、すべて奥の人に乗っ取られてしまったとしたら。
物理量ではないからと、一度のボリューム感を斟酌しなかったために、自分のしたことが裏目に出て大失敗だったとしたら。

ひそやかな恐怖が、高橋をじわりと浸した。
失敗だったとしたら、もうここから一歩も動けない。すでに何かに汚染されてしまったような、この体の重さはなんだろう。

「なぞってつなぐ」というエサの支配方法を知っている相手だ。
距離があろうが、四郎が避けて逃げ回る相手であろうが、ひそかに取り込んでおくぐらいの芸当は朝飯前かもしれない。
あまりに無策で時をすぎたかもしれない。

せっかく親友の立ち位置を得ていたのに、奥の人の主観からは、高橋がだまし討ちしたように感じただろうか。
もっとほかに、やれることはあっただろうか。

高橋はぼんやりと壁にもたれ、動かない四郎の様子を目で捉えていた。
この年下の親友とすごした、短くはあったが充実した日々を想った。
宮垣耕造に四郎を会わせる準備が遅かったかもしれない、とも思った。

考えが散乱している。
ぼけっとしている自分を放置しすぎたかもしれない。
アタマがまわらない。

最悪の場合、親友と一緒に死ねるというのも幸せのひとつのかたちだ。
アルフォンス・ドーデーの「風車小屋だより」に、そんなのがあると、四郎から聞いたっけな。
高橋はそのまま、目をつむった。

すぐに、意識が混濁した。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!