誰に対しても拒絶してるだけじゃないのか。ーー成長小説・秋の月、風の夜(74)
☆
高橋は、ちょっとだけ身じろぎした。横たわって奥の人と話をしているシチュエーションが、非常におちつかない。
「奥の人、そもそも康さんの恋のどストライクが十七-八歳の男の子だったときさあ、甥っ子ながら次のご当主の四郎が気になってしかたのない状態に仕向けたのはあんたなのか、確認したい。康さんの中にはもともと惣領を支える部屋住み感覚があったが、あそこまで服従や被支配への嗜好がとんがってしまうには、あんたが相当、康さんを翻弄したと思うんだよ。
あんたたちの感覚では、念者は武家の頭領の教育には必須だ。……そうだろ?」
四郎はそんな話を奥の人に語る高橋に、いたたまれない気分で、あぐらをかいてすわっていた。
クッションを枕にした高橋が、横になって自分を斜め下から見あげ、自分の中にいる奥の人と男同士の恋の話をする。
四郎が対処の知恵をもたず、余裕をなくして避けたい話題だ。
奥の人とも、康おじとも、もっと対等に話して接することができるなら、逃げ回らなくてすむのに。威圧しながら逃げ回り、やみくもに振り払っていることで、康おじを苦しめていることは自分でもわかっている。わかっているからやめてくれというコトバが出かかるのを抑える。
奈々瀬ひとりの初恋を大切にしたいから、時に乱暴にふりはらってきた。
でもついさっき、いちばん大切にしたい相手との通話は、断ち切るように電源OFFした。あちこちで誰に対しても、結局同じことをしている。
そんな雑念のうろつきをも、四郎はなるべく遠くから眺めて気配を消そうとした。
高橋がこういう話を出すときには、必ず何か絶妙のタイミングを狙っている。それをご先祖さまや奥の人には読み取られないよう、四郎はつとめて虚心にいた。
「そしてだ。四郎が康さんから必死こいて距離を取りつづけたことで、あんたたちの目論見が頓挫した。ところへ今度は僕が、この年下の仕事仲間のセンスに惚れこんで親友になった。さあ次の候補だ。僕も絵描きのはしくれだ。男の趣味はなくても、こういう絞りに絞った機能美は好みだ」
四郎はぎゅっと身を硬くした。それと同時に、自分が恐れて避けることにずばりと切り込む、ネゴシエイターとしての高橋の果敢さに、かたずを飲んだ。
高橋の目が、四郎に語りかける。巨大で禍々しい不浄霊の渦に、なめるように近づかれて歯を食いしばりながら、なお高橋の目が四郎を見ている。
( だいじょうぶだ、僕はおまえの親友だ。
ビジネスの基本を覚えているか。テーブルの上にカード全出しだ。一枚も隠しておいてはいけない。
キーワードは、あからさまにするんだ。
秘密が秘密であるとき、それは異様な力を持つ。秘密が秘密でなくなったとき、それはもう、何の力ももたない。
こわがるなよ、僕はおまえの親友だ。奥の人に呑まれて、別のものに変質してしまったりはしない。大丈夫だ。 )
高橋の目が、四郎に何かを語りかける。四郎は高橋の話していることとは別のいろあいを見せるその目をみて、何かを読み取ろうとする。自分の中に詰め込まれたご先祖さまと奥の人には、気取(けど)られないように、語りかけてくる何か。
次の段:相手の片目に、自分の両眼で潜るんだよ。ーー秋の月、風の夜(75)へ
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!