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部屋だったのに、「家」に変わって【物語・先の一打(せんのひとうち)】8
ホテルの部屋を予約しようか、どうしようか。高橋は着替えながら思った。
奈々瀬と四郎を自分の部屋に置いて、自分が会社に泊まるか、駅前のホテルに退散するか。
(あのホテルの部屋、けっこう居心地いいんだよな)
一方で、明日の朝、四郎と飲んでみようと思っていたとっておきのコーヒーがあって。それは、奈々ちゃんが口を切っている以上は、先送り……
「高橋」四郎が顔をのぞかせた。「お前えらいざわざわしとるけどさ、何がおちつかん?」
「ああええと」高橋は、浅い息をつきながら四郎を見た。四郎は告げた。
「ちょっとさ、こっち来やあ」
食卓へ戻ると、奈々瀬がふと顔をあげた。今日はもう、しゃべりにくいから黙っているつもりらしかった。かすかに笑った。おかゆとスムージーは、それぞれ少しだけ口をつけてくれたらしい。黙って手をあわせて、ごちそうさまのジェスチャー。高橋は微笑した。
「あたり、ついとる?」四郎は高橋に聞いた。なんと直截な。
「ついている。どうして生まれ育った千葉の家に、なかなか顔を出せないのかな、とずっと自分が不思議だった。両親と仲悪いわけじゃないのにって」高橋は語りだした。
例によって四郎は、ただ聞いている。あいづちなし。ただ、深く一緒に呼吸してくれているのみ。
「千葉の家は僕にとって安全じゃなかったのかもしれないんだけど、僕は快適なつもりでいた。
あそこで僕は、小学三年生のときから、祐華(ゆか)おばさんに体の関係を持たされててさ。両親にバレないようにしていた。
その前から祐華おばさんの同居と逃亡と入退院をめぐっては、両親がぎゃーぎゃー言い合いをしていたからさ。さらなるトラブルが発覚したら、きっとおばさんは住むとこなくしちゃうだろうから。ほんとにそうなるかどうかは別として、僕はそういう理屈で祐華おばさんをかばった。
まあ、いろんなことに耳をふさいだり、記憶から追い出してた。
部屋ってのは、僕にとっては、居心地はいいんだ。
奈々ちゃんに松本の家から出てこっちへおいでって言ったとたん、僕は自分の部屋が、急に居心地悪くなった。たぶん、自分の耳をふさいだり、記憶から追い出してたのが、もう向き合わなくちゃならなくなったんだろう。
もう、自分で無意識に、向き合えると踏んだんだろう。
”部屋” が ”家” に変わった。
”家” には、いろいろ僕がひっくり返してみることを、雑然と置いて出てきた。まあ、都合よく、今まで放っておいたわけだ。
奈々ちゃんがお母さんとの問題で苦しんでる最中に、僕が親戚との問題持ち出しちゃって、ごめん」
奈々瀬は黙ってきいていた。
四郎も黙って聞いていた。
やがて言った。「そりゃ、子供が大人にされたことてって、ほとんどおんなじ話やん。俺も親父との話は決着ついとらん。三人でおんなじような問題かかえとる」
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