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三人で、と言ってるのに身を引こうとするのはご先祖さまのせい。--秋の月、風の夜(4)

四郎にとっては、ドライブと海やプールという話題をさらに抽象化して、「そもそも論」を展開したにすぎない。だが奈々瀬と高橋には、「いきなり四郎がいなくなる」という飛んだ選択肢のハナシになってしまっている。

四郎は「他人同士を引きあわせて自分は身を引く」という心構えを、物心ついてからずっと持っているので、二人にとってどこが不自然なのかが、ぴんとこない。

――……。

奈々瀬が黙る。沈黙にどぎまぎして、さらに四郎は話す。「奈々瀬は、いろんな楽しいとこ、行けた方がええやろ」

――……。

「ちょい待ち、ごめんごめん奈々ちゃん、びっくりする話になってごめん」高橋があわてて呼びかけた。

――……いいえ……あのええと、私は、もっと三人で一緒に、いろいろ、過ごしたいな……

「あ、三人がええの?」四郎はホッとした様子で、しかし、奈々瀬に告げた。「そんでもなあ、俺、ご先祖さまんらや奥の人がさあ、女の人のこと、モノみたいに、えらいひどい扱いしたがらっせるのとか、思い通りにしたがるの、いやなんやて。奈々瀬のちかくにおると、その気配がいややろ」

四郎には生まれながらに、体の中にめいっぱい不浄霊のご先祖さまたちが詰め込まれている。それらとは別にもうひとかたまり、「奥の人」もいる。

四郎が牽制して自意識にまぜないままおしこめている、それら「奥の人」は、個々の人格がわからないほど癒着しあい、渦かカオスのように感じられる。
たぶんその複数人格群を成しているのは、四郎の家に四-五代ごとに出てくる、いわゆる「峰の先祖返り」だ。

「奥の人」は、武家の若頭領が地獄に長居をしすぎた感じの悪魔的な気配を、ときどき見せてくる。油断がならない。

――それでも、三人がいいの。三人でいるとき、そういう感覚がどんどん顔を出してくれたほうが、手放して前へ進みやすい気もするの……

あのね、あのね四郎、私ほんとに、四郎のこと好き。それに、四郎と高橋さんの、どちらを先に好きになったんだか、わからない感じもまだ続いてる。

あとね、四郎が言うように、私、高橋さんのことも好きみたい。
ちょっと身勝手な感じだから、悩むけど、でも聞いてもらえるかな。
高橋さんは、相談に乗ってもらってるとき、どきどきしてきて、自分でも困るの。
四郎とは、十八歳になるまで、もしそれからも、いられたらぎりぎりまで、一緒にいたい……そばに……いたい。だから急に結論出さないで、先送りにしてほしいの。

勝手なこと言ってたら、ごめんね。

「いや……」四郎は、奈々瀬の考えをもっとききたい、と思った。
「なあ、困っとるとき、結論ださんと先送りするのって、なんか余計困らへんの? はようどっちかにせんと、もっと苦しなってまって、困らん?」

――困るかもしれない。けど、でも、結論を出すには、材料が足りなさすぎるの。私にとってはね。
だからちょっとだけ、ていねいに、してみたいの。
わたしたち全員、三人で、もっともっといろんな話をしたり、もっともっといろんなことをしたり……して……

奈々瀬のコトバが途切れる。
運転中の高橋も、助手席の四郎も(どうもすいません)という感覚で黙りこくった。

「あのう、奈々ちゃん、……きっとこちらのようすが伝わってると思うから、謝っておく。ケシカラン想像がいっぱい走っちゃって、ごめんなさい」

高橋の言葉に、奈々瀬がかろうじて、
――……いいえ。
と、消え入りそうな声を出した。

電話を切ったとたん、四郎はどっと疲れを覚えた。
「ああ、どもならんて」
「……よろしくないなあ……」

「俺さあ、俺、康三郎(こうざぶろう)おじさんのこと、責めれん……」
四郎の弱りきった声。高橋は「いや……あの人のことは置いとこう」とかろうじて言った。

四郎の叔父の康三郎は、甥の十七、八歳ごろが恋の対象のストライクゾーンに入ってしまい、四郎は必死で避けていたのだ。

「まあええとさ、奈々ちゃんにハナシを戻すと、あの胸あの唇で、いろんなこと、なんて言われちゃった日には、誰だってダメだ。
しかも三人でとか、もっともっととか、いろんなことしてとか言われちゃったら、毎語つどつど、ドッキュンって……鼻血でそうだ。
別の女性に、それって脳に虫がわいてるわー、なんて言われたことがあるけれど、わいてるのが若い男だ、だからどうしたという感覚しかない」

「やめてくれ嫌やもう」四郎が頭を抱える。「高橋に解説されるまで、俺そんなとこ気にしとらんかったのに……あかんとこ減るどころか増えた」

声が泣きそうだ。

「奈々瀬……クラスの男子がこんなふうになっとんのも、わかるんやろうか……せつない」

「うっはぁ……せつないというより、激しい! 三人で過ごして、距離がつまっていってしまったら、どうなるんだーー!」
「あかんて! あかんて!」四郎はこんどは、頭だけでなく胴体もかかえこんだ。「ご先祖さま……奥の人……堪忍してくれ……俺個人の反応なんか、奥の人んらの反応なんか、わけわからん……」


「四郎」高橋は、車線を変更しつつ話した。後ろから猛スピードでせまってくるベンツを、やりすごす。

「僕はいままで、好きだなっと思ったら、さっさと口説いちゃってたんだ。今回のケースは、なかなかない試練だと思う。
そういう意味でほぼ、お前やご先祖さまたちや奥の人と同列だ」

奥の人と高橋とは、四郎と高橋が出会った瞬間から、高橋と生身の四郎同様、ずっと心のつながりをもった親友同士らしい。

「しかも普通の女の子と違って、身体の反応を、あの子は的確に読む。
そういう意味では、属性としては処女だけど、僕達のケシカラン癖を取りのぞく手伝いをしてくれるかもな。
奈々ちゃんには酷かもしれないが、ほうっておいても彼女はすべての男性に、おやおやって思ってるだろうからさ。さけてとおっては彼女の恋にも影をおとしたままになるよな。
うん。隠してもムダだ。そういう意味でお前がご先祖さま情報を奈々ちゃんと全共有したのは、あれは英断だったかもしれない」

「奈々瀬がかわいそうやん、なんでそんなこと言うのー」胴体をつかみしめたまま、四郎は高橋を斜め下からみあげる。
「華奢にみえてあの子は、相当おはねちゃんだぞ。スペックはともかく、胆力は僕の比ではない。奥の人や四郎と互角だ」

「おはねちゃん……」形のよい口元で、せつなそうに四郎はつぶやいた。

「まくっちゃおうっと!」シルバーのA4アバントを右車線に戻した高橋は、ぐうんとアクセルを踏み込んだ。豆粒のようだったベンツに、少しずつ追いついていく。
高橋は、張りのある声で言った。「四郎、窓あけようか!」

そして、手元で運転席と助手席の窓を全開にした。ぶわっと風が舞い込んで、ふたりに当たった。

「四郎、気分変えてからリトライだ。ぜったい、ぜったい、三人のOK ラインを見つけて、クリアしてやる」
一宮ジャンクションをとおり、大津まで、あとほんの一時間ちょっと。

「なあ、赤こんにゃく食べよっか、昼!」

(あ、例によって食べ物で釣ってくれるんか)
四郎は少しホッとした。

親友同士の約束は、「男ふたりのバカ話ができる状況に脱出すること」だった。思い出して、四郎は勢いをつけて返事をしてみた。
「ええな!」


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

この二人がしゃべってる「ネタばれミーティング」はマガジン「高橋照美の小人閑居」所収

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!