はじめて女子からもらったそれ、没収。ーー秋の月、風の夜(41)
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沈んだ表情と声で、四郎は大津での残りの話を、高橋と奈々瀬に語った。
「どうして、元気がないの、四郎」奈々瀬が、話が一段落したところで四郎に聞く。
「……スマホも会社の備品も、警察預かりのまんまやし、……スマホ、日報フォームも仕事の連絡先も、……奈々瀬の……連絡先も……あ、あの、テストメールもぜんぶ、入っとるし」
“テストです。”
“テストの返事です (#^^#) ”
そんなやりとりをしたほほえましいLINEのことを、奈々瀬は思い出した。
(生まれて初めて女子からもらった顔文字つきのメッセージが、警察に没収されるって、どういう運命だろうな!)ちょうど四郎が返事をもらったとき、強引に見せてもらった高橋は、思いきり天井を見上げてなにかをかみ殺した。笑えません笑えません……
「それとな」
食卓にちょこんと置かれた奈々瀬の手を見ながら、四郎は話す。
「俺がやりあったあと、……高橋も聞いとったやん、有馬先生、“一生、恩に着る”なんてって言わした」
「言ってた」
「言葉の軽い人やったか……と、あんとき思ってな。俺ら、今有馬先生にいろいろ差し出しよるけどさ、俺が思っとったよりもっともっと、調子ええ人やないやろうか、有馬先生。楷由社(かいゆうしゃ)にどう、気持ちよう還元してもらうかの方、がんばって考えなあかんけど、俺あげるよりもらうほう、考えつかへんのやて」
「なるほど、そこか。……時々思うんだけどさ四郎、お前って対人センス言葉のセンス、絶対たけてるよ。有馬先生のとっさのお礼の言葉が、インフレーション起こしてるなんてこと、対人力のない人間が注意を向けるとこじゃない」
「え、ほんと?コミュニケーション能力、低いことない?」
「自分は生まれつき嫌われてるとか、どうせ伝わらないとか、要らない解釈をご先祖さまから引きついでるだけだよ、たぶん。能力のモンダイじゃない、あとは世界の捉え方とか前提になっちゃってることのとりかえとか、練習だけだろう」
奈々瀬は黙って、目の前のふたりのやりとりをみていた。まるで、兄と弟よりもっともっと、心の通じ合ったなにかのようだ。
奈々瀬にとっては年上で頼もしい四郎が、高橋を頼りにして、おそるおそる甘えてみている……。
「あとはさ」高橋は頬杖をついた。「楷由社(かいゆうしゃ)という法人めあてには、有馬先生は還元しない、って感覚。それはそれで正しいよ」
「えっ」四郎はとまどいの声をあげた。「差し出した分、戻してくだれやへんてってこと?」
「その組み立てで、楷由社対有馬先生、楷由社の四郎には何も還してくれはしないし、そうじゃなくていい、ってのな」高橋はプロジェクトペーパーを取り出して、双方を図示した。「むしろこの両者は、どこに貢献するんだった?」
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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!