何を話そうとしたのか、わからなくなっていく。ーー秋の月、風の夜(69)
☆
――えっ、ゴール?
四郎はうろたえた。ゴールというなら最終到達地点だ。それは……それは……一人でアレがナニできる話か、奈々瀬とキスができる前提の、おちつける状態の確保なのか、奈々瀬に疲れなくなることか。
「言いにくいゴール? それとも、ゴールきめてない?」
――ゴールてって、普通きめるもんなんか……? それと、二つ三つゴールっぽいのがあって、それ言いにくい。
「私に関係しすぎてるから?」言ってみて奈々瀬は、四郎の黙りかたから、自分はこのハナシの相手としては不適当なのだ、ということは理解した。
「私に伝えるのが、はばかられる話? ……大丈夫だから、なんとなく教えてみて」
四郎は額に手をあて、どう言っていいのか必死で考えるが、内容が内容だけに、話の運びをいっこうに思いつかない。
ほんとうなら、話の背景を知らない奈々瀬の質問は棚上げでいいのだ。
「ご先祖さまと奥の人にふれて調子をくずした高橋の、状態改善のヒントだけくれないか」という投げかけにとどめて、論点は動かさなくていいのだ。
でも、考えを整理して話をする場をもらったことがない四郎は、教わってもいないそのことには、気づけない。
小さい頃からそうだったように、叱られたりどなられたりするときには、直前の言葉に対して「何か答えろ」とか「わかっているのか」とか「真剣に聞いているのか」といった詰問がかぶせられる。だから四郎にとって、分が悪くなったときの会話とは、うろうろと自分の身を攻撃にさらしながら、相手がその直前に言った言葉になんとか答えようとする行為にしか思えない。
奈々瀬の質問を真っ向から考えはじめてしまって、話すことがわからなくなっていく。苦しげに黙るようすだけが、受話器ごしに奈々瀬につたわる。
そのとき、横になっていた高橋が、そのままの姿勢で
「……四郎ありがと、悪かった。代わって」
と、四郎のスマホに手をのばした。そして、四郎にも会話が共有できるように、スピーカーに切りかえた。
――あっ、高橋さん。
「こんばんは、奈々ちゃん。夜遅くなのにありがとうね。……僕、うぇっぷ、って感じでじわーんと起きてられなくなってさ。四郎のご先祖ごと以外には、骨をさわる手でこうなったことがないんだよ。奈々ちゃん、識別がつくとしたらどれだろう。候補を言ってみる。僕の境界線が甘いか? それとも同じ問題がご先祖さまたちと僕と両方にあって、同時に浮上してるか? 感覚の汚染か? それ以外か? ……候補はまずそんなとこ」
寝ころんだまま、高橋はそこまでしゃべって、四郎に、
「ごめん、枕になるものちょうだい」と伝えた。四郎がソファからクッションを取って渡す。「ありがと」と言って、高橋はクッションを枕に、奈々瀬と続きを話した。
「前に一度やらかしたことがあって、その時は酒飲んでたからかなと思った。違うね」
――違うみたいです。ごめんなさい高橋さん、さっき四郎に無理いって、高橋さんの肩に触ってもらったときもそうだったんだけど、くわしくわからないし原因もしぼれない。
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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!