箱に合わせて踊るバカ
たかてる(高橋照美)です。
このマガジンを思いついたのは、僕のなかにいくつか、無意識の制限を見つけたからでした。
・ なぜ自分は「ハイパーテキスト」(リンクを含むコンピュータ上のテキストファイル)の可能性を追わず、紙媒体と既存出版のありように脳を侵されたままにしているのか?
・ なぜ自分は「β版販売→バージョンアップフォロー」をnote 上で思いつけてないのか? 自分でOKを出せる品質にしか課金できないという思い込みを、どうしてそのままにするのか?
主にこの二点です。
つい先日僕に「箱に合わせて踊れてって言うやん」と言ったのは四郎です。
で、その通り
「プロットなしでいきなりnote に書く」という暴挙を「15~26スキ」と、好意的に受け止めてもらえている。
大体僕のなかで「フォロワーさん100人からスキ6以上頂いたら、それはオッケー。1%のファン読者に届いている目安」という仮の数字があります。ダイレクトメールやチラシは、1/3000~1/10000ぐらいでお客様をつかんでいるので、かなりぜいたくな仮数字かもしれません。見積り精度が上がったら、またシェアします。
でですね。
決定的だったのは物語の中の「奈々瀬の手当てをどこに挟み込もう問題」でした。結果的に「いったん横になって、からの」という、パーソナルスペースに関する非常にセンシティブな感性を見せる順序になりました。全く失敗じゃなかった。
それをみていて、僕は二つ気づきを得たわけです。
・そもそも「ハイパーテキスト」という考え方は、時系列 & シーケンシャル の制限をとっぱらうために生まれたはず。 なのに、僕は何に囚われているんだ?
・スティーブ・ジョブズは「デザイナーにデザインさせたアップルマークの空箱をガンガン並べる」というスタイリッシュなプレゼンテーション(= すごくいいもの、すごくかっこいいもの。というアイコンプレゼンテーション)で、予約販売を成立させた。 のに、僕は何をしてんだ?
という。
ここで、
・ しろてる的なコンテンツマガジン、という100note入る箱を、348円という価格で先に出しておく。一文ずつを無料部だけ読めたり、118円で好きなものだけ買えたり、348円で全部読めたりする。
・ このマガジンを読むと、人は「盲点に気づけ」たり、「人として自分より悲惨な奴の巻き返し記録」に愉快になれたり、「自分の生活に自分または関係者が、無意識にかけてる制限の居心地悪さ」をひょいと外せたりする。
・ このマガジンが四郎になにがしかの経済的潤いをもたらすなら、真似できる人も出てくる。
さて、このあとの有料部分には。
マンガ「スティーブズ」(スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの話)がなぜかストーリーから切り落としてる「アルバカーキってどこだよ! 実はハイパーテキスト的コペルニクス的展開において大事な場所」って話を書いときます。これも四郎が見つけて、僕が聞き書き。
エラリイ・クイーン(フレデリック・ダネイとマンフレッド・リー)みたいな業務分担じゃないかもしれないけど、面白く続けられたらいいです。
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!