キスの練習だけでこんな!ーー秋の月、風の夜(39)
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一番星がみえる。風が出てきた。
松本駅の構内へと歩き、改札口で四郎を待つ。
高橋は奈々瀬と、余分に二十センチの距離を置いた。それでも丁寧でやさしい接し方に、奈々瀬はじんわりと黙っていた。
駅に迎えにきてくれた二人に、有馬先生や和臣先生、斎藤課長との話を報告しようと思っていた四郎は、いきなり高橋に両肩をがっしりとつかまれた。
「もうさあ、セリヌンティウス僕を殴れだよー」高橋は、どん引きしている四郎の両肩をゆさぶって、泣きそうな声で訴える。「最低だよ僕って男は。だから、松本にひとりで来るのはどうかと思ったんだ。確かに僕の脳みそには、虫がわいてるに違いない」
「いやあの」がくがく揺さぶられながら、四郎は高橋から身をはずして後ずさろうとする。しかし高橋は、両肩をがっしりつかんで離さない。こういうときは、ムリにすりぬけるものでもないのだろう。四郎は甘んじて揺さぶられた。
「キスもしとらんてったやん、なんで……殴らなあかんの……」
「説明できない、とても説明できない、説明できないほど最低だ」高橋はがっしりと四郎をつかんだまま、ぎゅうーっと目をつむって四郎の肩口へうなだれていく。いくら親友の高橋でも、男に肩を貸したくない四郎だ。さすがに距離が近すぎ、四郎はフッと高橋をはずして歩を引いた。情けない表情の高橋が残った。
「……ええと、説明できんようやったら、俺きかんとおくでさ」四郎は奈々瀬のほうへ、少しだけ近づいた。「いやなことされとらへんやろ、ちょっと仲良う話して、さわった程度やろ」
「うーん……なんていうか、すごく……ドキドキするような状況になっちゃった……」
「……すごかったんか……」
「ええと……まあ」
四郎が、きゅっと目をつむった。そして、奈々瀬にささやいた。「奈々瀬も、説明できやへん?」
「あのっ、苦しくなっちゃって、難しい……」
そこへ、
――なぞってみればええ
という「奥の人」の、渦のような意向が伝わってくる。
四郎も奈々瀬も、息を止めた。
「なぞる」とは、四郎のご先祖さまたちが、エサにする女を無抵抗のまま持っていくために使っていた技だ。なぞってつなぐと、距離のある他人でさえも、まるでアメーバがつながってしまったみたいに自律なく意識が飛び、思いどおりに動かせる。
奈々瀬は特殊で、四郎になぞられてつながっても、起きたまま意識を共有できる。殺人犯に追いかけられていた奈々瀬が、疲れて動けなくなったところを歩けるようにするため、昨冬、四郎が奈々瀬と初めて会った日に、なぞった……という経緯がある。
「……なぞってつないでみても、ええか……」困惑しながらも、確かにな、と思うところがあるのだろう。四郎はそっと、奈々瀬に聞く。
「……いいけど……」
高まる動悸。四郎は奈々瀬と自分を、「なぞってつない」でみた。
とたんに飛び込んでくる、高橋から奈々瀬が読み取った、あれやこれやの情報。
「うわーーっ」と、四郎が声をあげた。「キスの練習」に、衝撃をうけたらしい。「あかん……俺……これ……あかん」ふらふらと奈々瀬の横から遠ざかり、両膝に手をついて、大きく息をした。
「……う……。ふうっ……あ……ありえん……キスてってこんな……すごいんか……練習だけやのにこんな……」
「うわ……」高橋がぼうぜんと、何かに気づいてしまったような表情で、四郎に声をかけた。
「お前いま、手にキス、されたほうの、奈々ちゃんのほうの、情報取っただろ。うわ、ひっでぇ!」思わず口を手でぬぐう。
「……どっちも……どっちも入ってきた……奈々瀬が、するほうのお前の身体情報も取っとったもんで……」何かを喪ってしまったような声で、四郎は答える。
「この三人の組み合わせ、よろしくないぞ……」
高橋がつぶやき、二人は黙って、高橋を見た。
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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!