念を抜く程度じゃ対処できない!ーー秋の月、風の夜(66)
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高橋は四郎の胸腹に話しかけた。「ということで、もう少し数、減らします」
ご先祖さまも奥の人も、なかなかえげつない敵対的な反応を返す。高橋は気にせずに、ぺたりと四郎のみぞおちに手を当てる。
のたぁ……っと、なにか大きなどす黒いかたまりが、奥から出てきた。
「あっ」高橋がじわりと冷汗を感じながら、四郎に告げた。「なんだこのボリューム感」
気分が悪い。はじめて四郎の自宅を訪れたとき、夜中の道場で味わった気分の悪さと同じだ。
巨大な舌のようなものが、ぬっ……と高橋の掌にくっついてくる。
高橋は小学生のころから、師匠の神林 現(かんばやし げん)に連れられて回った古刹(こさつ)の屏風絵修復で、「骨をさわる手」をつちかってきてはいる。でもそれは、せいぜいが骨董品の念を抜くていどだ。
ここまでの不浄霊の大群には、はなから太刀打ちできていない。もう、宮垣に任せて、自分はノータッチにしなければ。
えづきそうな感じをもてあまし、じわり、と脂汗が額に浮く。背を冷汗が伝うのがわかる。ひたすら、きもちがわるい。
やっとのことで声を出す。「今僕がまとめているコレに、四郎あれをやってくれ。奈々ちゃんがお前に教えたあれ」
「え、消すやつ?」
「そうだあれだ」うぇっぷ、という感覚がひどくなっていく。四郎がそこへめがけて白い布をかぶせるように、ぜんぶを消すイメージを思い描いた。いろいろな感覚が消えていく。ぽっかりと穴があいたように消えていく。
高橋は「……すまん、ちょっと、よこになる」と、しぼりだすような声をようやく発したあと、ずるりと姿勢をくずして昏倒した。
「……おい、……なあて」四郎はぐったり倒れた高橋をあらためる。気道はいい、呼吸は……もうすこしラクになるか……体の傾きを変えて、首元をゆるめる。腕の取り回しを変えてやり、横たわっているのが楽な姿勢にしてみる。
「……ごめん……自分が油断した、キモチワルイ」高橋が、前よりはましな声でつぶやいた。
「吐きそうか」
「自分の中できもちわるいだけ」高橋が、つとめて深呼吸をしようとする。四郎は少しからだの開きを助けてやった。息はやや広がったが、まだ浅い、息が通るという状態には、ほど遠い。
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