図解たすけてー! ーー成長小説・秋の月、風の夜(83)
#15 赤を入れる
今回の仕事は、抜本的に組み立てをなおす必要がある、と四郎は理解した。だがダメなところがわかっても、目次と構成のもとになる全体図解をうつくしく仕上げる能力はない。それで、土田と鹿野課長に「全体がもっとわかりやすくなるかどうか、時間もらえますか。一時間半後に、やってみての報告をします」と、時間をもらった。
完成イメージはなんとなくわかる。
目次の前かうしろに人体略図が二種類入る必要がある。
まずは標準略図。宮垣の独自性を知らない読者があたりやすい、機能、部位、臓器筋肉骨格などの図解目次が入って、参照先本文へ飛べるようになっていればいい。
次に宮垣の治療手技と打撃を理解したい読者を助ける、養生 / 破壊ポイントの略図。
それぞれの趣旨。
その二つの観点が整理されきっていれば、章立てがはっきりする。
本文で扱うのか、面白くても使い勝手はさまたげるので「こぼれ話」で扱うのか、本からは没扱いにして別コンテンツとするのかがはっきりする。
コンセプトを説明する社内・宮垣認識合わせ用の作業用図解も提示できれば、仕事の混乱も収束させられる。
そこまでは土田と鹿野課長に、口頭で説明して了解をもらった。
一時間半もらったものの、一時間半でやりきれるとは思えない。どうしたらいいか。
こういうとき、暫定報告のしかたも図解のしかたも、やけに詳しいのが、ひとりだけいる。もちろん四郎が人脈として意識しているのは、唯一の友人で唯一の親友ただひとり。
社外の人間なので、この仕事のヒントをもらっていいのかどうかは、皆目わからないが。
四郎は、臨時に鹿野課長の席の横にもらった自分の作業席を立った。
しずかにしてみると、一フロア上か下かのめあての人物が、在席か離席かの気配を取ることができる四郎だ。粗くて有用になっていない人体略図をにぎりしめて、すこし歩く。
どうやら上にいる……と感じるまま、階段を上ってみる。もう一階余分に、階段を上ってみる。このフロアだ。奥へ奥へ。
(朝送ってきてくれたあとの予定、今日ずっとこっちとは聞いとらなんだけどなあ)
……奥に社長室がある。
(うわー)
四郎は立ちすくんだ。
とりあえず社長秘書に見つからない死角に入る、なんてのは得意だ。しばらく考えて、しかたない、とばかりに電話をかけてみた。
重要な会議中だったらそもそも電源が入っていないだろう。
が、あっさり出た。
――はい高橋です。
電話に出るとき、以前の高橋にはなかった、気の重さとためらいとを感じた。はやめに高橋に伝えないと……けれども今は、ちょびっと緊急。
「今どこ?」
――譲(じょう)さんと斎藤さんと会議中。
「あー、ほんとにまだおった。今電話ええ?」社長秘書に聞こえないように、声をひそめる。
――どしたの?
……という声が、ちょっとすいません、と横に声をかけて、ギイと扉の音がして、足音がどんどんこちらに近づいてくる。
「あっ」
スマホを耳に当てた同士、社長室の斜め横で、互いを目視した。
☆
「ちょうどいい、ちょっとこい」
高橋は電話を切って、ぐいぐいと四郎の腕をひっぱって社長室に戻る。
「え、なんで、なんで、わけ教えてくれんと、いややん」と、四郎はそれでも社長秘書に会釈して、社長室に連れ込まれる。
社長の樫村と課長の斎藤だ。
「あっ、失礼します、こんにちは」間抜けな挨拶だなあとは思うが、ほかに声のかけようを思いつけない。特に斎藤には朝会っているから、絶対に変だ。こういうときのコミュニケーションはどうすればいいのか、四郎はいつも困り果てる。
「そっちの用件の緊急度/重要度は」高橋がたずねた。
高橋と四郎の間では、「緊急度」の色分けが「赤黄青」で、「重要度」の記号わけが「SAB」にしてある。
「赤S」
「こっちは黄A。よし二分で話せ、斎藤さんいてくださっても、いいよな」
「たぶん」四郎は、緊急で貸し出された先でぶち当たった壁について説明した。
「宮垣先生の本の直しの、直し方の説明が必要で、とりあえず一時間半もらったけど、一時間半ででききるとは思わん。本に必要なのが図解二枚、作業の混乱整理に図解一枚、全部で三枚、図が要る。
図解の一枚目の、目次前かうしろに入れる標準人体略図は、今持ってきとるこれやけど粗い。機能、部位、臓器筋肉骨格とかの図解目次から参照先本文に矢印が飛ぶ。体のこと詳しない人んらでも使いやすいインデックスにしなあかんけど、整理されきっとらん。
図解の二枚目の、今なくて追加したらなあかんのが、宮垣先生の人治しと人壊しのポイントを図解するやつ。宮垣先生の意図を汲みやすい、宮垣施術とクラッシャー宮垣の人体の見方当たり方が、学びやすい図解。そこから流れで本文に飛ぶ。今、宮垣先生の説明に中途半端にひっぱられてずれたまんま、目次の章立て項立てがへにょっとる」
ちなみに、「へにょる」とは高橋の得意語だ。筋がよれているときに、この独特の表現を使う。四郎は、このややこしい話に高橋が完全についてきているようすを驚いて受け止めながら、つづけた。
「図を入れると本文の章付け入り繰りが発生してまうけど、それはあえて直さな、本全体が三年前のうまいこといかなんだ本の焼き直しになってまって、パキっとしやへん」
樫村と斎藤は黙ってそれを聞きながら、緊急で貸し出して十五分後に、問題の核心らしきものにたどりついた四郎の姿を見守り、視線を交わした。
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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!