明日のキスのためにハードめの交渉しときます。ーー秋の月、風の夜(51)
☆
まるで恐喝でもしているような甘い粘りのある低いささやき声で、あの優しい目が手負いの獣のような光を帯びて、高橋は続けた。
「徹志くんも頼子ちゃんも、あんたたちからしたら、子孫としての貴重さでは惣領の四郎に比べようもない。あんたたちはずっと、峰の先祖がえりに期待をかけては、大きすぎる重圧も同時にかけて、みすみす失敗させてきた。
子孫のハンドリングにおいて、ここまでへたくそな家があるか? 何度でも言ってやる、ドべたくそ。今回最後のチャンスだぞ。次の四-五代先に、僕ほど優秀な参謀がつくことは望めないぞ。今回うまくいかなかったら、誰がやっても絶対ムリだ。そこ、わかってるのか?」
四郎は、自分の中で激高するご先祖さまたちを、ぎゅううっと押さえ込んだ。
高橋は話をやめない。
高橋は心の中で、奈々瀬が奥の人に一歩も引かなかったあのイメージを思い浮かべていた。相手は建設的な対話の難しい、錯乱した未成仏霊だ。恫喝、威圧、脅迫、つまり四郎のご先祖さまたちや奥の人が使っているプロトコルに乗ればいいのだ。
恐怖、引け感や、躊躇、ためらいをふりすてる。奈々瀬が対話の裏で、自分の反応を捨てていたように。
「歴代の先祖返りからみて、四郎は最も優秀な子孫だ。最も優秀な子孫でさえ超えられない壁をつきつけるなんて、あんたらはどこまでおろかなんだ。ここで最先端の長男が、子供を作れないままで、事件でも起こして収監されて一巻の終わりになったら、あんたらそれで嬉しいのか?
”あーあ、峰の先祖がえりは、代を重ねるごとに、うまくやることが難しくなるねえー”って、ひとごとみたいに言ってて本望か?
体を持っていないくせに、もう死んじまってるくせに。どこまで過干渉を押し通せば気が済むんだ。あと二千年そうしてるつもりか? 三百年やったら気が済むのか? 一週間みっちり同じことしてれば気が済んでくれるのか?
言ってみろ、この僕に答えてみろよ。体も脳も、もうとっくに持ってないくせに、いばってんじゃねえや古道具。くやしかったら成仏してみせろってんだ。薄汚く集まって、オンナにちょっかい出してるしか能がないくせに。
大事な子孫をいじめるのを、今すぐやめろ、今すぐだ!」
高橋は大声で吐き捨てた。
「……あ……」
数は少なかったが、ほたるのようなものが飛んだ。
四郎と高橋は、ほんとうに物理的に空の上へと消えていくが如きそれらを、ゆっくりと見上げて、見送った。
「……わかってくれる人も、まじってたな、やっぱり」ふふっ、と高橋は笑った。「それでこそ四郎のご先祖だ、ありがとう」
そして、ゆっくりと四郎に腕をさしのべた。
「肩を組みたいんだよ、親友」
「……こう?」
おずおずと応じた四郎は、それでも、五、六歩、歩いただろうか。「ちょっと、おちつかん……ごめん……」と伝えて、腕を放した。
「いつか、……いつか、ちゃんと肩、組めるように……する……」
高橋はあの優しげなまなざしを、月に向けたまま返事をした。
「ああ」
次の段:うなじと首肩のラインがもろ、エサのタイプでピンチ。ーー秋の月、風の夜(52)へ
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!