アレデライフ!(3)
6.君の名前
もりたろう、ではなくて森林太郎の太が欠けているやつ、じゃなくて森林あきらは、なぜかどうでもいい給食プリント一枚もって、次の日も来た。
めいめいが自分のタブレットからクラウドに見にいけばいい話なので、まあウマが合った相手と話す口実だろうかな、などと私は思った。
しょせん人間が関係を維持するなんて、ひまつぶしか金儲けか自分の気がおちつくメリットか、よいバイオフィードバックを得られる環境づくりか、何かを充足させたくてのことにすぎなかろう。
私にとっては、もりたろうではなくて森林あきらは、「へえ、話が盛り上がるってこういう体験なんだ」というか、「気がまぎれる」というやつだろうか。
「プリント係。じゃなくて、もりたろう。やー違う、もりあきら。ああなんかぬけた」
と、私は改めて呼んでみた。
「なに?」
「何て呼ばれ方したい?」
「何て呼ばれ方って」プリント係は、非常に深刻そうに考え込んだ。「わかんない」
「呼ばれ方って、好み、ないもんなの?その呼ばれ方いやだなとか」
「生まれたとき勝手に名前つけられるだろ? だから俺、そこらへんには自分の権利ないとおもってんだよね。権利あるもんなの?」
「いやな呼び方で呼んでくるってのは、いじめとかいじりとかのひとつの手口だよ、たぶんだけど」
私がそう言ってみたところ、プリント係は、問題を把握しかねている顔をした。
「反対に、自分の、いやかいやじゃないかは、どうわかる?」
「え」
私は、自分のいやかいやじゃないかには敏感なたちだから、体感覚が自分で把握できてないらしいプリント係のいいぐさには、ちょっとびっくりした。前提が同じだと思い込んでいた。
自分の快不快を、気づいて口にしてしまうとやばい環境で育てられたりして、しかも鈍感でいられたほうがメリットが大きい状況にはまりこんでたりすると、そういうことにもなるかもしれない。
「呼吸が止まったり浅くなったり、うっ! てかんじになったり、歯をくいしばってることに自分でも気づいてなかったり、手と肩に力はいってたり、いろんな体の反応が、快適なときといやなときで、ずいぶんちがうよ」私はバイオフィードバック画面を見せながら話した。
「たとえば、うちの父親って。英語の教育で、辞書の角で頭なぐってくる癖あった。で、私衝撃検知とか他者ネグレクトで警察に自動通報いくこれ、わりと早めに買ってもらったんだけど、このオプションの中に主なリストがある」
挨拶した相手に無視される、とか、大声で恫喝される、とか、そんなのもリスト上位に表示されて出てきていた。
AIが得意なのは足し算と掛け算だから、単純にデータを拾った場面からの合計と加重づけの有無でこういうのが出てくるはずだ。あと、言葉にならない場面の判定とまとめ・丸め。
「おー、かっこいいな、画面出せるの」
そっちかい! という部分に、プリント係は感嘆していた。
「こういうの漫画でささっと描けたらなー。
“牙持たぬ人の盾!” みたいな、登場人物にかっこいい名乗りをさせる漫画、描きたいなあーー、と思ってんのさーー」
「あ、漫画なの」
「けど、絵は、神みたいな絵師いっぱいいるし。俺めんどくさがりだから、“絵コンテ”じゃなくて“字コンテ”みたいなのを書いてくほうが性に合ってる、のかもー」
「あー、わかるわかる」
私は適当に相槌をうちながら、ふと思いついた。「ねえ、話ききながら、自分のグラフの調整しても構わない?」
「え、俺、に、許可いる話? みんな俺の話ききながら、ふつうに自分のスマホみたり自分の漫画読んだりする」
「や、私の中ではそれって失礼な話に分類されてて、そんなことしたら、そいつらプリント係のことを漫画とかスマホ以下の扱いしてるわけじゃん?
私がやりたいのは、今自分がネグレクトの赤のゾーンにいるのね」
「ああ、セルフネグレクトと他者からのネグレクトの両方が赤なんだ」
「これ7時間継続すると警察に自動通報行っちゃうんだな」
私はネグレクトの赤表示を画面で見せて、指をさした。「ここから、黄色ゾーンに下げたいのね」
「ああ」
プリント係はなぜか、満たされたオッケーな目つきをした。
「面倒な作業があるときは呼べっていったの、力仕事についてだったけれど、これも面倒な作業だなー」
そして尋ねた。「どうやって下げるの?」
「ここから“プログラミング”と“テスト”の連動させるでしょ。簡易プログラミングって、命令とか関数の積み木みたいな図形を、計算結果みながら、こうやって指でぽいぽい入れたり出したり位置変えるだけだから、 “心地よい会話” みたいな係数をいくつか探して脈拍とか呼吸数とか呼吸の深さとかが “快適” になってくるような紐づけがうまくいってれば、セルフも他者からも、ネグレクトを受けてない、ってモニタリングをさせることが、できると思うのね」
私の説明は断片的でへただが、画面を表示する機能・自動でモニタ係数を集めてくる機能・オブジェクト指向の簡易プログラミング(の一番簡単なやつ)をバイオフィードバックに紐づけする実装はうまく動いていたので、複数の画面表示と指さす動きで、かなりプリント係にはわかってもらえた。
ちなみに、自分や他人が通報機能をオフにしても、
「通報されたくないので切った」
という動きの可能性を想定して、警察からは連絡が来る。
正しくは警察から外部委託を受けた警察関連機構から連絡が来る。
そのケースを説明しなくても、わりとのんびり屋らしいプリント係にはどうでもよかったらしく、全方面からの説明は不要だった。
そこも私にはらくだった。
「いいなあこれ。高いんだろ?」
プリント係は、経済的自立というか自由な消費というか、そこらへんにあこがれているっぽい声をあげた。
「機能3つと同時表示と簡易プログラムとバッテリーアップで6つセット買い切りにしたから、2年前ぐらいの型落ちだけど2万円しなかった。これは母親が父親の辞書殴りの現場録画してつきつけて、父親の金で買ってもらっちゃった」
ふとわたしは、恵まれた環境でぼけーっと生きてる風のプリント係の、お財布事情に興味がわいた。
「プリント係は、小遣いどう親ににぎられてんの」
「え、めんどくさいから月額で親からもらって無計画に使ってんな。木川田はどうしてるの」
「お年玉をためて、小学校3年ごろから投資で増やしてた」
「ええー、子供でも増やせるもんなの!?」
「チャートの形でぐいーっと底のほうすくって右斜め下から少し上がってる形のをスクリーニングするメニューがあって、それで選んでおいといた。少しまとまった分ずつ普通口座に移してってた。あと、チャートの形でひっかかってくる株の銘柄が、自分の決めたゲームルールからなんか外れてるときは、2年ぐらい何も売買しないで放置だった」
話しながら私は、バイオフィードバックモニタを「簡易プログラミング-テスト」の流れで三回しぐらいまわしてみた。
三回目のテストで、ネグレクトの自己・他者双方の赤ゾーンから自分を脱出させた。
「よっしゃー! これで警察に通報されねえ!」
「はは! 悪い奴のセリフかよ!」プリント係は受けて笑った。私も笑った。
そうだ、そろそろ確認してみよう。
じっとりとした、というか、ぺたりとした、というか、とにかく暗めで湿ってる感じの青頭巾和尚の気配を、プリント係は気づいているのかどうか。
「あのさ」
「ん?」
「ここらへんの気配と、ここらへんの気配って、違って感じる?」わたしは大きく動いて腕で範囲をわからせながら、からっとした空気感の空間まわりと、青頭巾和尚のいるところとを示した。
「わかんない」
「そっか、わかんないか」たしかに、自分の体感覚の違いもわからないわけだからな。
「私がときどき、なにもないところに向かって話したり笑ったりしてても、あんまり気にしないで」
プリント係は黙った。
「それって、みえるひとってこと?」
「や、そういう話ではない。だってあちこちにうようよしてる風には感覚しない。特定の一個体分だけ、なんとなく気配で。
会話してるってのも私の幻想かもしれない。まあ、一時的に親死んでぱーになってる可能性が高いから、異常行動はスルーしといて」
私は最後にダメ押し的に付け足した。
「気持ち悪けりゃ離れてくれれば、それでいいから」
「ふうん……」
プリント係は、きもっ! とか まじ? とか うざ! とかの、自分の価値観や自分の感覚に合わないものを反射的にはたくような反応をしなかった。
そのとき私は、少しだけウマが合う理由の一部を理解した気がした。
徹底的に孤独、というのを絶えずつきつけられた時期のない、恵まれた個体だけが、自分と前提が違うものの存在を反射的にはたく、なんてふるまいをできるのだろう、と。
もしかすると、徹底的に孤独、という体験を、仲間ができたうれしさから頭がぱーになって忘れてしまったら、自分もまた、自分と前提が違うものの存在を反射的にはたく、なんてふるまいをしちゃうのだろう、と。