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子の刻参上! 一.あけがらす(十三)
魚屋の朝はひどく早い、むしろ夜のおわりがただ。
「ああ、刻限だ。話は途中だが、いちどお休みになってくだせぇ、若様。おいらは、ちょくっと水揚げを運び込む衆を待ちにでてきやす」
和泉屋、魚河岸のせりで手に入れる魚はほんの一割にも満たない。
「なんでもいいので揚げたら持ってきな」と声をかけてあるところが十や二十ある。
近場と遠洋では運び込みの時刻が半日以上幅を持つ。
宵っ張りの次郎吉は、新しくあるじにおさまって二日目から、一の荷解きを手代衆と見届けてから寝ることにしている。
「よく働きなさる」
と多くのものが言うが、なに、実は起き伏しの時刻がずれているにすぎぬ。
荷解きの恰好は、塩っ気でごわごわになったひとえを帯でくくってそのまま肌脱ぎ。うっかり網にまじりこんだ貝殻などをふんでざくりとやるものが月に二人ほど出ていたそうなので、次郎吉は早々に奉公人全員の足元を、脚絆と草履掛け足袋のぶあついものに変えさせた。
それらぜんぶを、荷解きの衆の一人分ずつ、土間の端に棚と行李で放り込んでしまってある。
部屋に入りしな、小僧のひとりが入るはずのない部屋へこそこそしているのをちらりと見て、次郎吉は手代頭を呼んだ。
「へい」呼ばれた手代頭の清七は、「ありゃなに松だい」とひそりと耳元に聞く次郎吉に、おどろいて指さすほうをみた。「あれ、旦那様、あいつは奉公半年の幾松で。あんちきしょう」
「いまじゃねえ、いまじゃねえ」ぐいっと清七をとどめた次郎吉は、「部屋からでてきたとこを、幸助どんとふたりで、押さえなせえ。おいらは幸助どんに声をかけてから、おまいさんの代わりの荷解きを利吉に頼んで、向こうをやってくるから。見ていてくんない」
「へい」
次郎吉はやれやれ、という顔で番頭のうちでいちばんこういうことに向いている幸助を起こして様子を話し、一番荷解きは一昨日までで清七と交代してぐっすり寝ていた手代の利吉を起こして、土間へと向かった。
次郎吉が店に来てからさっさと作ってとりつけた荷解き装束の白木の棚が、よい木の香りを放っておって、なまぐさい潮の香にまぎれているそれを、鼻を近づけすぅんと嗅いでみる。
残念だが、手癖の悪いのは、癖になってしまってどうにも改まらないものなのだ。
それは、次郎吉がいちばん身に染みて知っていた。
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