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Twitterの「中の人広報」B to F(3)共感マーケティングとは何なのか

二回にわたって、Twitterの「中の人広報」(企業公式アカウント)を追いかけてみた。同僚がながなが熱く語るほどの快感の積みあがりに「うまい!」とうなった。

第一回:Twitterの「中の人広報」B to F(1)社長の露出
第二回:Twitterの「中の人広報」B to F(2)「中の人」の活動

そこで第三回では、「そもそも論」を書いておこうと思う。
なんでかというと……

各企業の「中の人」が、楽しく全力投球ですばらしい仕事をしているので、それが「良心的なもの」でありつづけるための解説をこころみたいのだ。

そもそも……
受信側(消費者)が「快感原則」によって無意識に反応をしつづけている状態。これは、とても意地悪なことば「洗脳」「カモり」と地続きになっている。

情報限定の中で選択肢をしばられることを「情報の非対称性」という。たとえば治療方法を選べない患者と、単一の治療方法しか提供しない医師の関係性がそれだ。

両者の間には権威と病者、専門知識による説得と無知という「パワーのアンバランス」が著しく、フェア(公平・公正)ではない。
それとおなじように、コマーシャル(広報・宣伝)において、「受信側が ”何をされて(しかけられて)いるのか” わからない状態におかれること」とは、たとえば大昔の「サブリミナル広告」のように、意図的発信と無意識的受信というアンフェアが起こる。禁じ手であるわけだ。

では反対に、それを防いで「みんなが仕組みを知ったうえで楽しくわいわい」やるには、どうすればいいか? というと……

「受信側もマーケティング知識を持ち、選択の自由を手にしている状態」であること。これが「対等性」だ。広告宣伝発信者が受信者との「知識の対等性」に気をつけることが、良心的な態度につながる。
だから第三回では、部外者ながら発信に片足つっこんだ人間として、「互いに良心的であること」へのテコ入れを試みたいと思うのだ。


近年ずっと使われている「ストーリーマーケティング」や「共感マーケティング」は、「きわめて自然なふるまいにより、きわめて自然な反応をもらう」中に商業活動が置かれる。無意識の反射反応で消費者をまきこんでいるのだ。

「無意識行動」が観察されるところには、情報入力において「潜在意識へのダイレクトアクセス」がおきている。
最近の広告宣伝には、それらがどんな風にセットされているかというと、

・脳の記憶のしくみ「ストーリー記憶」に入りやすいよう、属性つけ(キャラクター設定)、親近感・共感などの感情喚起、「物語の流れ」を持つ
・脳のしくみに沿う認知、興味、関心をくりかえすことで、「行動」(=消費と宣伝参加)への「まきこみ」を行う
・快感原則の反復蓄積を使う(回路の強化 → 助成想起しやすさ)
・消費者は「所属感」「仲間感」「連帯感」「参加感」「達成感」「貢献感」「承認」「尊重尊敬」などの快感報酬がおこるために、みずから進んで消費と紹介という行動をする
・消費者は「好き嫌い発信行動」の蓄積により、「特定の分野での専門性」を獲得し、属性をとがらせキャラ化し「ストーリーへの参加」を獲得しうる
・熱狂とアンチと傍観、などの立ち位置にも「ストーリー性」がつき、ネット上での群衆劇が起こっている

こういうことが意図・企画され、実践され、ブラッシュアップされている。

自分もまた、発信側の世界の片隅に首をつっこんで二か月になる。
こういうふりかえりで「選択の余地をなくされている状態」「知らないでのせられている状態」などを起こりにくくする橋渡しとして、考えたことを書いておく。


歴史上の痛恨事は「よかれとおもって」とか「やむにやまれず」とか「それがよさそうだったから」などの、感情をゆさぶるオピニオンへの反応の積みかさねが、ある日閾値を越え「勃発」するように感じることがある。
それが単なる「考えすぎ」だといい。

それだから、「知って動く」「わかっていて反応する」「選択を自分の手に持つ」ということを、お互いに確保したい。そう思っています。

では、仕事行ってきます!今日も「なんかいいこと」ありますように。

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高橋照美
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!