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カレの服選びから行ってみましょう。ーー秋の月、風の夜(58)
☆
カフェで洋服屋の開店を待つ。
四郎と高橋は氷抜きのアイスコーヒー、奈々瀬はオレンジジュースを頼んだ。
四郎が、いつ言おうか迷っていたことを、ついに口にする。
「あの、高橋、俺今月の給料、二万円残して家に入れてまってさ、服見ても……あの……」
高橋は、ゆっくり答えた。
「そうだよね。……大丈夫だよ、今回は。心配するな。誕生日プレゼントも、もらったことないだろ。生まれてはじめての誕生ケーキだったんだから、昨日。だから、うまれてはじめての誕生日プレゼント、もらってみてくれよ」
押しつけがましくないといい。高橋は四郎の表情を見ながら、そんなことを言ってみた。そうして奈々瀬をちらっと見た。
「奈々ちゃんも、乗る?プレゼント」
奈々瀬が嬉しそうに「はい」と返事した。
「高校生としては、お小遣いからどのぐらいなら出せそう?」
「五千円ぐらいは出したいです。四郎に誕生日プレゼントあげられるなんて、嬉しい」
「じゃあ差額を僕が持つ。ねえ、二人で四郎にプレゼントできるなんて、うれしいよね」
「すごくうれしい」
十時五分前の、店舗のオープン準備の放送が、カフェの中でもかすかに聞こえる。高橋は微笑して放送を聞いていた。
訪れたのは、メンズカジュアルの店、それも、高橋はいつも使わないニューヨークトラッド風味。
品数と棚とディスプレイに、少しばかり四郎は圧倒された。
四郎と手をつないだまま歩く奈々瀬は、身長差のある四郎がいちいち見せるリアクションが、楽しくてしかたがない。実は紺色の背広で社会人らしい四郎と歩くのも楽しくて、この服装のままデートでも構わなかった。
いつも四郎が紺か黒か白を着ているので、ディスプレイのコーディネートは、とても華やかにリラックスした様子に見える。
ぱっぱっぱと瞬時に、四郎に似合いそうなものを指さす高橋。「奈々ちゃん、こっちとこれ、どっち好き?」
「左がいいかな」
「だよね。四郎、配色がお前にとっては珍しいかもしれないけど、あとで試着してみてくれるかな」
「うん」
二言三言、言葉を交わしながら、さして時間をかけもせず、カゴにパンツや綿シャツ、Tシャツを入れる高橋。
その手早さに、奈々瀬はびっくりした。
「サイズ……難しいんじゃないんですか?すごくアバウトに選んでるようにしか見えないです……」
「奈々瀬、俺のサイズ難しいんやけど、高橋絵描きやでさ」四郎はいくぶん、笑顔になって説明する。
「俺の体のサイズ、最初に会った日の最初の挨拶したときに、さっと測ってまわしたんやて。俺もびっくりした」
「えええー」奈々瀬は頭のてっぺんから声を出したが、そういえば、と思いあたることを口にした。
「そういえば、花火のとき選んでくださった浴衣、びっくりするほど着やすかった」
「あれは、サイズ問題とは別のハナシね」高橋はクスクス笑いながら答えた。「浴衣は、ほぼフリーサイズだから。でも、あの浴衣、着崩れせず着付けも楽だったの、わかった?」
「美容室でお願いしたんですけど、美容師さんが感心してました。日本画家の方に選んでもらったって話したら、すごーく感心してました」
高橋は笑った。
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