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好きな女子にはキケンすぎて相談禁止な案件。ーー秋の月、風の夜(67)

奈々瀬はすっかり眠り込んでいて、ベッドサイドのスマホにぱっと手を伸ばした。急いで出る。四郎だ。

――奈々瀬、ごめん、今、電話ええ? こんな時間にごめん……
「どうしたの」
声にわずかに、切迫感がある。四郎の「わずか」というのは、相当な動揺と緊急性の高さだ。

奈々瀬は頭から布団をかぶった。「声、きこえる?」
――ごめんえか……どうしとんの。聞こえるけど、こもった感じやん。
「お布団かぶって、中で話してみてる。……こっちのほうが声、通る? お布団の中で座ってみたんだけど」

――聞こえがようなった。なんかえらい不自由させてごめんな。……あのなあ、ちょっと困っとるんや。高橋が、ご先祖さまなんとかしてくれようとしたんやけど、きもち悪なってまって。
「今そばにいるの? ……四郎、高橋さんの様子がよくわからない。元気じゃないのはわかるけど……。さわってみて」
――え、……高橋に?
「そう」
――……どこに?
「体のどこでもいいから」言ってみて奈々瀬は、四郎が人の体にさわるのを嫌がる感じをとらえた。他人を助ける必要があるときには、ためらいなく触れるのだが、今回非常に嫌がっている。

四郎が、高橋の肩に触れてみたとき、
――なぞってつなごうか
二人の会話に割って入るように、「奥の人」が加わった。
「奥の人さん待って。四郎が、高橋さんにさわるの躊躇してるから」
――そうか

……非常にがっかりした感じだ。一方で四郎がどこかしら、ほっとした様子になった。

奈々瀬はそのあわいを読み取った。「奥の人」は相手が女か男か問わない上に刹那の関係も途中で殺してしまうことも平気なので、四郎が必死で「奥の人」の好みに引きずられないようにしているのだ。

何度も四郎と「なぞってつない」だ奈々瀬は、すでに「奥の人」のどうしようもない魔物らしい嗜好の崩れ具合も、「奥の人」と康三郎の思慕のからまりも、話題にはしないものの受け止めている。四郎は体の中に「奥の人」を押し込めているだけに、かなり危機感があるのだ。誰についても、注意深く遠ざける。

ご先祖さまたちと奥の人たち自身が、嗜虐と殺しまじりの快楽のなかで、自他の尊厳を傷つけ踏みにじることを散々くりかえしている。四郎はそこをなんとか、食い止めようとしているのだ。

今、その続きの綱引きのようなパワーゲームをしている。
これは大変そうだ。

しかし……高橋の肩に触れてはもらったが、やはりわからない。
「なぞってつなぐ」を使ってもらうのは、まずいだろうか……と、奈々瀬は考えた。




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高橋照美
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!