「わからない」から絞りこめたね。ーー成長小説・秋の月、風の夜(70)
#12 混迷
「あ、そうなんだー」高橋は謝る奈々瀬に反して、案外明るい声を出した。へろへろに脱力した声しか出ないものの。
――何か、わかったんですか?
「それってさあ、身体情報じゃないってことじゃん?」
――えっ、どういうことですか。
「奈々ちゃんのトレーニングジャンル外ってことだよ」
――えっ? そっか。わからないことで材料になるんですね? じゃあ、ごめんなさいじゃなかったですね。
「そのとおり、ごめんくない。体感覚をともなわないんだなぁ。思考か。
ええと、僕と話してて、僕のキモチワルイにフォーカスしたとき、僕由来のものじゃないのが外から影響してるって感じ? それとも僕がさわった要素に対して、すでにある僕の大脳古脳内の回路が反応してて、神経系のキモチワルさをキックしてる感じ?」
――すでに高橋さんの中にあるのが反応してる感じです。奥の人さんと、高橋さんが、パズルがかみあってる感じです。
体の反応は、……あっ、たとえばパワハラとかいじめの加害被害関係とか、境界線を越えちゃう相手に萎縮するけど逃げられないかみあい。
それで、奥の人さんがすっごく何かたくらんでる感じで、がばっと出てきそうなのを、四郎が必死でおさえてる……あ、だから四郎、高橋さんにさわりたくなかったんだ……高橋さんが、このボリュームのがばっと出てきそうなのをあぶり出したんですよね。
奥の人さんが、いつもの自分の支配や恋の対象じゃないんだけど、今回高橋さんでもまあいいかって思って、斜めに乗り出してきたような。すごーく高橋さんがなんどか伏線を張って、奥の人さんの悪魔っぽいところをおびき出しちゃったようなんですけど、そういうこと、しましたか?
「ううーん、そうだなあぁ」高橋は悩ましげな声をだした。まずい。どんぴしゃだ。
子孫を苦しめていることについて、何日もかけてしつこく非難がましく、認識させて今ここに至っている。
奥の人にスピーカーで声がまるきこえだ。
奥の人に勘づかれたくない一心で、高橋は、奈々瀬にだけ「とぼけている」ことがわかってもらえるような、押しころした呼吸と図星をつかれた人が話をそらす気配を、電話ごしに感じてもらおうとした。奈々瀬はすぐわかったらしい。
――あ、表現を変えます。
と、一言。高橋は息を吐いた。みごとだ。
奈々瀬を今すぐ中澤経営事務で雇いたいぐらいだ。
次の段:この人、「もしも僕なら」を使って親友を守るんだ。ーー秋の月、風の夜(71)へ