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恋をゆずるなんて話をすると、どういう目に会うか。--成長小説・秋の月、風の夜(9)

もつ煮の熱い汁が、たまらなくいい味だ。味噌仕立てで、こくがある。

ざっくりと大きく切った長ネギをふうふう吹きながら、高橋は「そうだ」と、思い出したようにひとこと発した。「あのさ、四郎。さっき僕と奈々ちゃんがつきあったらどうかって、言ってただろ」トントントントン、と、指が軽く机をたたく。

「うん」つとめて明るく、四郎は返事をした。

高橋が、ふと思いついたように何かを言う時には、必ず絶妙のタイミングを捉えてのことだ。四郎にとって、生まれてはじめてできた友達が手渡してくれるコミュニケーションの緻密さは、真似のできない特殊な技能のように感じる。

「具体的なイメージがわいてないから、そんなふうに簡単に言えるだけでさあ、ホントはひとつひとつの出来事にざわざわしちゃって、ちょい待ち!って言いたくなると思うぜ?」

「……そうやろうか」

「たとえばだよ」長ネギを噛みながら、なかなか行儀の悪いハナシぶりで、高橋は続ける。「思い浮かべてごらん。この間は四郎が奈々ちゃんを抱きしめた。僕があんなことしてたら?」

「うっ……」

「手をつなぐのは、まだいいよね」
「……」

「おでこにキス」
四郎が思わず、手に持っていた椀を置いた。

「ディープキス」
四郎が思わず、箸を置いて両手で膝をつかみしめた。

「ふたりきりで車のなか」
四郎はふーっと一息入れる。
「で、どこかへ行って、奈々ちゃんを押し倒して脱がせて」
四郎がぎゅうっと目をつむる。

「……だめだろ?」
「……ほんでも……ほんでも奈々瀬がしあわせなら……」四郎はほとんど胃の腑からしぼり出すような声で、言ってのけた。

「いけないよ、四郎」ずずーっと煮汁をすすって、高橋は目をつむって横を向いて膝をつかみしめている四郎に、丁寧に話しかける。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介
この二人がしゃべってる「ネタばれミーティング」はマガジン「高橋照美の小人閑居」


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!