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子の刻参上! 一.あけがらす(七)
「青木さま、と、呼んでほしい名を、ちゃあんと、呼んでくれたなぁ」
狐は、くくく、と心地よげに、しかしひっそり笑った。
「若様と落ちあえたなら、わけを尋ねてみるとよかろう。やつがれ(わたくし)はただいま、若様の下知に従うものにて候。しこうして、若様より、『 鼠の問うこと、ことごとくに答えてやるように』とのお指図は、頂いておらぬでの」
「そういうもんかい……」
「鼠も、大工仕事のおりには、棟梁が仰せに従わねば、棟上げがならぬだろう」
「あ、あ」
鼠小僧次郎吉、失敗(しくじり)を突かれた童のように、うろたえた。「きつどんよう、お言いでねェよ。おりゃあ、ああせいこうせい、あれをするなこれをやめろ、てぇ、小姑みてぇな言いようの頭(かしら)じゃあ、よぅ言うこと聞かんのよ!」
「はっはは」
狐は、少しだけ哀れを含んだ笑いを、こらえこらえもらした。
「すっぱ忍びは、つとまらぬ性質(たち)だのう」
次郎吉、ムッとむくれるかと思いきや、いろいろと修羅場を生き延びたらしい狐には、不思議に腹も立たぬ。
ふと、聞いておきたくなった。
「反対に聞くがよぅ。すっぱらっぱ忍びの連中は、その小姑みてぃな言い草に、能(よ)く能(よ)く従う、ってのかい?」
「それよ。その小姑みてぇな下知はの。たとえば上忍が、忍び込んだ屋敷の、そこの足先五寸奥へ間違えて踏むならば、吊り天井の仕掛けが動いて皆がぺちゃんこ、と知っていると思いねぇ」
「うん」
「だが同道の半数の下忍どもを、明日は虎加藤様の元へ、半数をご存命のときの東照宮様の元へ、互いに仇と知りながら求めに応じて差し向けねばならず、今宵の押し込み先は東照宮方であると思いねぇ」
「おぉっと。そこで明かすと、半数のものの助けになり、残りの命取りになると、こうかえ」
「わけは言えぬわけ、というものもあるのだ、わかるか」
「俺はいらいらっ、としちまって、ケツまくって出ちまったなぁ」
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