足元になにかいる。って、お前か!ーー成長小説・秋の月、風の夜(77)
☆
……たぶんこれは布団だ。
二日酔いよりもっと気分の悪い感じが、かろうじて遠ざかってくれたような夜半。うっすらと高橋は目をさました。
足元になにかいる。
……毛布にくるまって、変に丸くなった四郎だ。
だいたいが、どうして足のほうにいるんだろう。
高橋は電灯をつけようかと思ったが、全身の脱力感をもてあまし、動くのをあきらめた。
そして、この足元にいるからだの持ち主が、どうなっているのだろうかと一瞬考えたが、寝ることにした。
奥の人の内側から、あんなに膨大に出てきた悪魔のようななにか。四郎があれらをどうにかできたのなら、二人とも寝るだけ寝て少しでも回復した方がましだ。ちょこまかした手をかけてどうなるものでもない。自分に布団がかかっているということは、四郎が奥の人に制圧されてしまったわけはない、という仮説はなりたつ。
一方でもしも手遅れならば、もうどうしたって手遅れだ。軽率に賭けて負けたとしたらば、いまさら打ち手はない。自分は逃げられないし、四郎も奥の人の操り人形として、殺しと快楽を貪りながらふたりで地獄落ちだ。自意識はあるままのように感じているが、普段泳がされていて、都合のいいときに奥の人に自律性を持っていかれるのなら、防ぎようがない。
そんな、頭のねじがふっとんだような二択。対策は、寝ることだけ。
そのことに納得して、だるいながらもすがすがしくあきらめ、高橋は再び目をつむった。
「水が飲みたいな」
つぶやいてみた。
自分の声ではないみたいな声だ。
足元に丸まっている四郎も、みじろぎもしない。
高橋自身も、水を飲みにいける気がしない。
しかたないな。
高橋はあきらめて、もういちど目をつむった。
☆
さらに二時間もたったろうか。高橋は熟睡していた。
そっと、肩に手がかかって、声がした。「水、のむか」
高橋はうっすらと目をあけた。
奥の人じゃない。奥の人を奥に押し込んだ、いつもの四郎だ。高橋はホッとしたように笑って、上体を起こそうとした。
ひどい脱力だ。
「起きれるか」
四郎が、背中に手を回して、上体を起こしてくれた。
「……水、くれ」高橋は、あんがい弱い声を出した。「キモチワルさはなくなったが、力が入らない」
四郎がコップを渡した。高橋はコップを受けとろうとしたが、手の力がない。四郎が高橋の口元に、そのままコップを持っていった。
常温のなまぬるい、それでも何の不純物もないすんなりとした水が、高橋ののどを通って落ちていった。
「ああ、うまい」
大きく息をつく。
ふと、気づいた。「二時間ぐらいたってると思うんだけど、ちょっと前に、水飲みたいなって言ったの、聞こえてたの」
「聞こえとった。すぐ、ようやったらしと、ごめんな」
「僕のほうも、全くお前の助けにならなかった、すまない」
「……あれは、離れとってくれたほうが、ええ助けやった」
四郎はにこりともしない。何か言いたくて、言えていない表情だ。
身を横たえてもらって、高橋は四郎に話しかけた。「この脱力感、なんとかなるか」
「パニックと恐怖か、これ。力抜けとるてっていうより、ずっとずっと、よぶんに消耗しつづけとらへんか」
「たぶんそう」
四郎が、奈々瀬に習ったとおりの消したり書き換えたりを使ってくれる。高橋はそのまま黙っていて、ふいに、つうっと自分の左目だけから落ちる涙にとまどった。
「お前の親友なのに、僕はほんとに弱っちいなあ。情けないぞ」
「そういうな」四郎は、やっと少しだけ笑った。「平気で泣ける人間を、俺は、尊敬する」
「……そうか」
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※業務連絡。高 → 四 (75)~(78)タイトル重番ミス 20170905 12:57修正済ですよろしく。