友あり危急の役に立てり。また楽しからずや。 ーー成長小説・秋の月、風の夜(84)
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「あと宮垣先生と一緒に本作るとて、読者にわかりやすいように並べなおす橋渡しの仕事用の図解。三年前えらい苦戦しとんさるで、作ったらな、みんながまたおんなじところで混乱してまう。
ほかの会社から出とる本は、宮垣先生に黙って読者に使いやすい目次で完結させとる。それは宮垣先生と一緒に誠実に仕事したことにならんで、今度は宮垣先生にわかるように資料作って話す。三枚目の図にはそういう目的もある。
それがあれば、宮垣先生が書いてくだれた原稿の中身を、本文で扱うかこぼれ話にするか、この本では読者の使い勝手がはばまれるで、没にして別コンテンツにまとめるかも、照らし合わせながら先生と社の人間が話し合って整理できる。
そういう図解がいるけど、俺が描けん。そもそもこんな話、お前に相談してええのかもわからん」
長い話だった。終わった。完全に説明できて四郎はうれしかった。このレベルのわけのわかりにくい話が、高橋にすんなり伝わっているのもうれしかった。
「わかった、今回については相談して“いい”になるように、今から調整しよう。譲(じょう)さんの会社の仕事の火消しだからな。それで四郎、一枚もの図解二枚と、作業用の図解と、修正ボリュームの概算見積は、僕がお前の指示もらいながら描けるから安心しろ。先に十分だけ、こっちのチームに時間くれ。
譲さん、譲さんの認識では目次構成の修正はクリアしたことになってるだろうけど、実際は聞いてのとおりだ、収れんしてない。どうする? 四郎の言ったレベルで手直しすれば、最悪、刊行遅れは起こすかもしれないが、衝撃の正誤表事件再発防止はできるぜ。どうだろう、乗りかかった舟だ。五十万円もらえれば、スケジュール出し含めてこっちの仕事手伝う」
樫村は「買った」と答えた。マンパワーの貧しさを知ったうえで土下座をして取ってきた仕事だ。安い買い物だ。
「じゃあ有馬先生がらみのミーティングをあと十分で終えて残り宿題、僕から斎藤さん譲さんに提案入れます。
十分後から四郎の方の作業開始。
四十分後、二枚分の手描き図解と目次構成改案と修正作業の流れ全体図解と、修正ボリュームの概算見積もり、各バージョン1を持って鹿野課長に報告に行け。認識合わせ用のとりあえず版だから、バージョン2以降が出ます、つってな」
高橋は四郎の目を見、四郎がメモを取るスピードを見、キャッチアップの手順を話した。
十八歳のときから今までくぐった修羅場の数々。MECEもツリー構造もテーマあたり十五枚二十枚と突き返されつつ描いた図解の数々。周回遅れで先輩や上司についていきながら、スター級のコンサルタントたちと違って決定的に質の劣るアウトプットをそれ以上にできない日々。
それらが、「それでも全力を尽くしたか?」という問いとともに、今ここ一点になだれ込んでくる。
少しでも役に立てるといい。
「そして課長に事業部長承認を取ってもらえ。
そこで刊行遅れで日数延ばしの方針を、暫定的に呑んでもらう。宮垣本の決定版になりうる品質をスピードの上位に置きます、という説明だ。
修正ボリュームの膨れ上がりを後日吸収できたらば、刊行日を当初予定に戻すことがありうるという話を、鹿野課長に入れとけ。
宮垣先生のほうは、先に図解を見せて、次に章立てのへにょりの吸収イメージを見せる。
修正工数が膨大なことを理解させたうえで、結果論として刊行遅らせますかーって、社からもちかける。
刊行日をずらす話については、影響がでかいから役職者が訪問談判したほうがいい。
わかるか。
緊急を、時間出し日にち出ししながら、緊急でなくしていく」
「わかる」
四郎はホッとした顔をした。
高橋は笑った。「結局お前と仕事できて、嬉しいよ」
決定的な別れの前の楽しさにしか感じられないのは、なぜだろうか……。
なぜだ。のどがつまる。楽しいのにやるせない。高橋は自分の内側を、そんな風に感覚していた。
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有馬先生の仕事の体制替えについて、斎藤課長、樫村社長と四郎をまじえて十分で認識合わせしたあと、宿題にする事項の点検をして、斎藤と樫村は解散。
「ナイショのてこ入れだから、重役会議室使わせてやる」譲さんは高橋に恩着せがましく言って、四郎の頭をなでた。「せがれ、がんばれよ」
譲さんが「樟涛館(しょうとうかん)のせがれ」と呼ぶ四郎は、譲さんとは正徳寺の檀家つながりだ。
「はい、ありがとうございます」
よくわからないまま、四郎はぽつんと高橋と二人、作業に入った。
くらくらするほど高級でだだっぴろい会議机。
奇妙に重厚なライターと、鈍器として人殺しに使えそうな重量感の灰皿とが、机の真ん中に置いてあった。
地方の零細出版社にはおよそ似つかわしくない。社長の樫村がどこかからもらってきて、持て余したとしか思えない。
高橋が万年筆のキャップを取り、横長プロジェクトペーパーに、四郎が話した要点を箇条書きで書く。
「さあおなじみ人体図と解剖図は、」
タブレットで検索してトレーシングしやすい図を印刷しておく。高橋は革製のカバンから、画家の携帯筆記具を取り出し、6Bの鉛筆と練り消しゴムほかを用意した。
真ん中に万年筆で一本線を引く。左にトレーシングペーパーで形を取った仕上がりイメージ図、ヒゲ線を右に出して右に補足説明やコンセプトの説明を次々入れる。
「うわあーー」
さっき夢中で高橋にまくしたてた一連の話が、形になっていく。「ねえ、何で俺の言っとること、こんなすぐわかるの」
「わけのわからん話をするオジサンたちの話を、きれいに整理する職業に、五年間ついてるから」高橋は、くすくす笑った。「お前の話はわかりやすくてラクだ」
「……俺、話、へたやない?」
「上手だよ」
「俺、コミュニケーションへたやと思う……」
(ん?)高橋は手を止めないながらも、四郎の言いようが気になった。(何かあったか?)
「緊急を緊急でなくしていく方法とか、複数のプレイヤーの、誰にいつどんな話を認識合わせしておくとスムーズかの、実地練習が回数不足なだけかな。コミュニケーション、という大きすぎるカタマリで捉えずに、どういう場面の話か、小さく区切ってテコ入れしていこうか」
「そっか」
「今晩メシ食いながら、話聞くよ」
「ありがと」
聞いた話でなんとなく、高橋は二枚の図版の修正ポイントと仕上がりイメージを縮小版で一覧させた。
二枚目三枚目の紙に、こんどは大きな寸法でアバウトに描いていく。
「一枚目をおいといて、今まったく影も形もない二枚目を、八分で粗々描くぞ。基本図は人体略図でいいんだな」
「そう」
「骨格、神経、筋肉、臓器の各レイヤーと脳の連携は、どう置けば宮垣施術とクラッシャー宮垣を理解する手だてに使いやすいか……は、あとで仕上げる。章立てのへにょりについて、詳しく聞かせてくれ」
次の段:宮垣節がのびやかに読者に届くように。 ーー成長小説・秋の月、風の夜(85)へ