【独り身度90%予報】10年後の今
10年前の今日、撮影したスクショを見つけた。
20代前半の私は、漠然と将来結婚や出産をしているイメージが全くできず、この「独り身度90%」の通りの自分だった。
10年前の今頃は新卒1年目。
社会人という大海原に放り込まれ、自分で稼いだお金を実家暮らしという甘えた環境のもと好き放題使い、一方結婚や出産・子供という存在に対しては「自由を奪われてしまう」と嫌悪感さえ抱いていた。
そのため、この診断結果が出た当時は
「私、一生独り身かも」と悲観するわけでもなく、同じような価値観を持つ仲間とこのまま楽しく過ごす未来を想像しながら、むしろこれからの人生に漠然としたワクワク感すら抱いていた。
なんなら、「独り身度90%」をネタとして面白おかしく取り上げていた。
当時のツイッターできっとこのスクショを投稿し、
「独り身確定きました~」
みたいな投稿をしていたんだろう。返信で共感の輪を広げ、どこか安心していた自分もいた気がする。
しかし、そんな生活は20代後半に差し掛かるころには大きく変化していた。
フォルダで10年前の写真を見てみると、
飲み会などでいろんな人と集合して撮影した写真が妙に多い。
写真撮ることを気にせず、飲みかけのグラス、誰の皿と箸か区別がつかなくなったテーブルを囲い、各々自分の映りがベストなポーズや角度でカメラに向かっている。おしぼりだけは持って席を移動していたなあ。
大人数のため全員がカメラ映りのいい写真なんてなかなか撮れない。
念のため、と言いたいてい2~3枚とるのが常識らしい。同じような写真が今でもたくさん残っていることに今更気づいた。
ちなみに写真を共有するときに、送信相手の目が半目になってないか一応確認して、大丈夫そうな写真をチョイスして送る。
その中の何人かはインスタやツイッターにアップするはずなのだろう。
ただ、不思議なことに名前が思い出せない人が何人もいる。
もはや何の集いなのか分からない。
連絡先もLINEにあるか分からない。
あったとしてもイニシャルとか英語で誰やねん状態。
ビールがピッチャーで長テーブルに3つも置かれている。
飲み放題が定番だったよな、懐かしい。
そこからさらに直近5年間の写真をさかのぼっていくと
カフェやレストラン、バイキングでの食事や風景の写真が増えてきた。
ある程度収入も増えてきて、ことあるごとにちょっといい場所でランチやディナーをしていたな。
旅行にも行ったのか、海や花火、ホテルの部屋の写真もある。
見返しもしないのになぜたくさん撮ったのだろう。
結局写真ではなく、自分の記憶に印象的だった風景はそのまんま残っているのに。
ただ、居酒屋で大人数の写真ではなく、
昔からの幼馴染や大学時代の親友、現旦那との写真など、少人数の写真が多くなっていた。
そして去年と今年の写真は、わが子と実家の猫で写真で埋め尽くされている。
育休で毎日子供のお世話に翻弄され
疲れてる、寝てない、私だけ大変!などと旦那にヒステリックを発動させながら、わが子が寝た後も動画や写真を夫婦で見返して愛おしさを感じる日々。
週末はたいてい暇だから実家に転がり込み、孫の顔を見せに行くという名目で自分のリフレッシュをしていた。
12歳の女子猫2匹に程よく嫌われながら、ゴロゴロした1年だったなあ。
年ごとにサムネイルが10個表示されスクロールしてみると、画質が良くなっていることのほかにその時々で自分にとって大事だと思うものが明確で、おもしろい。
独り身度90%だった私も、10年前には想像もしなかった「母親」になっていて、それなりにメンタルをすり減らしながら今一番自分が大事な存在に囲まれてなんとか暮らしている。
漠然と一生独り身だろうと悟っていた当時には想像もしなかった未来を今過ごしていること、改めて人生は想像していた通りにはならないし、人生の節目で価値観を変化させながら人は生きていくものなのだと思う。
もちろん、今の自分を作り上げているのは紛れもなく過去である。
そう考えると、この先10年後はどうしているのだろうか?
想像もしなかった未来が待っていると思うと、つまづきながらも将来過去として記録されていく「いま」を生きることが少し楽しみになってくる。
よし、まずは今日を頑張ろう。
そして、明日もまた、頑張れそうかも。