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民法 一般条項(1条)の意義と適用

本稿は、京都大学名誉教授 佐久間毅氏の著書、判例百選の解説などを参照して作成しています。


1 一般条項に関する規定の意義

 民法典は、人々の自由の尊重を基本としており、具体的に、契約の自由や、私権及び財産権の自由を認めている。もっとも、このような自由は、社会的制約を内在しており、他の自由と衝突する場合には調整が必要となり、その調整機能のひとつを果たしているが民法典と見ることができる。
 そして、そもそも民法典がなぜ個人の自由の尊重を基本としているのかと言えば、民法典は、人々が自由であることを前提として、自由が衝突する場面で人々の関係を調整することを目的としている。したがって、民法典が人々の自由を尊重するという原理は、民法典の中にアプリオリ的に備わった原理であるといえる。
 では、人々の利益調整の具体的指針が2条以下で明文化されているにも関わらず、あえて抽象的な一般条項としての1条が存在するかのはどうしてか。それは、この一般条項が2条以下の法規範の欠缺を修正する根拠となり得、他方もはや法規範の存在しない場面で具体的事件を解決する根拠となり得るからである。
 したがって、一般条項の適用は、他の法律による解決が期待できない場合に限定してされるべきである。つまり、一般条項を問題とするときに重要なのは、問題となっている事件が、一般条項の適用を必要としているのか、必要としている場合にどのような要素に注目して適用するのかである。特に、どのような要素に注目するかは、信義則(1条2項)や、権利濫用(同3項)の趣旨や内容に対する理解を深め、これらの条項が内包する要素と事件の争点から析出される要素の共通性を手がかりに決定していくことが肝要だろう。

2 1条1項(公共の福祉の原則)

 公共の福祉の原則とは、公共の福祉が「社会共同体の全体としての利益」と解されていることと、1条1項の文言を併せて考えると、私見の行使は、社会全体の利益と調和を保つべきであるということと解せる。この点、実際の事例で1条1項を適用して事案解決が図られる場合は少ない。これは、1条1項の性質と、民法の重要な原則である私的自治の原則との関係から理解できる。
 1条1項は、私権と社会全体の利益の対立を念頭に入れた定めである。「社会全体の利益」という集合の中で、「社会全体の利益が犠牲となることを回避する利益」という(大きめの)部分集合を定義することができるが、この部分集合と私権の対立関係という局面は、専ら私権を制約する立法被侵害利益たる権利としての私権の対立という舞台と近似しており、民法の規律する私人間の関係では考察し得ない対立関係である。したがって、「社会全体の利益」から「社会全体の利益が犠牲となることを回避する利益」という要素を控除した、凡そ「社会全体が利益を追求する利益」のみを私権の反対側にある対立項に置けるにとどまるため適用の場面が限定される。
 また、個人の尊重を前提とする民法典の秩序において、必ずしも社会全体の利益のために私権を犠牲にすることは正当化されず、それどころか個人の尊重という点からは敬遠されやすい価値判断である。したがって、私人間の紛争を民法によって解決する場面で1条1項を適用することで紛争解決を図れる場面は限定的である。

3 1条2項(信義則)

 信義則とは、本来、契約関係において債務者がどのように行動すべきかという問題に関するものとされていた。しかし、現在では、あらゆる法律関係についての人々の行動準則とされている。このような1条2項の性質に鑑みて、信義則を論証で用いる場合には、信義則を用いることの必要性やその内容についての論証もなされなければならず、このような論証過程を省いた論証は説得力に欠け、一般条項の濫用的適用の危険すらはらんでいる。
 1条2項が適用される場面は、判例を紐解くという営為から、三つの場面に整理することができる。第一に、ある問題についてそれを処理するための法理は存在するが、その法理が茫漠としているため具体化する必要があるときに、1条2項を介してこれを具体化する場面(例えば、賃料の少額の未払いを理由に賃貸人の契約解除が可能であるかという問題について、その程度の未払いは「契約の本旨(493条)」に反するとは言えないとして、493条の文言解釈を信義則によって明らかにした。)である。第二に、ある問題についてそれを処理するための法理は存在するが、その法理が妥当性を欠く場合にこれを修正する場面である。第三に、ある問題についてそれを処理するための法理は存在しない場面である。そして、上記のうち、ある問題についてそれを処理するための法理は存在する場合(第一、第二)については、問題の処理はなるべく法理に従うことが当事者の予測可能性や公平に資するため適当であるとの価値判断を前提とすれば、問題に関連する法規範が形成されている以上、その周辺の法理を類推適用することで解決を図ることが望ましいということを忘れてはならない。

4 1条3項(権利濫用禁止の原則)

 権利濫用禁止の原則は、「自己の権利を行使する者は、何人も害しない」という法格言を調整するための原則である。私的自治の原則から「自己の権利を行使する者は、何人も害しない」という法格言は妥当なものといえるが、権利行使が外部行為を伴う社会的行為であることが多いことを考慮すれば、私権の行使と社会の調整が必要となり、1条3項は私権と社会の利益を比較衡量することで、場合によっては私権の行使を権利濫用として禁止する。この点、1条1項との違いは何かに疑問が生じることもあるだろう。公共の福祉は社会全体の総体的な利益を対立項とするが、1条3項が想定する利益は社会に個人として存在する特定の利益を対立項とする。したがって、1条3項はあくまで私権の衝突する問題を処理する。
 権利濫用禁止の原則を適用するにあたって、どのような要素を考慮するのかが問題となる。つまり、1条3項が、私権と対立する社会の側にある特定の個人の利益を比較衡量するという点から客観的利益を要素として考慮することに争いはないが、害意などの主観的要素についても考慮要素に含めるかが問題となる。
 この点、客観的要素によってのみ判断すると、濫用的な私権の行使が社会的又は経済的に大規模である場合に、これを無効として原状回復義務を負わせることは社会的又は経済的損失が大きく、もはや比較衡量とは名ばかりとなり濫用的行使者を常に法が追認することになる。したがって、このような既成事実化による1条3項の機能不全を回避するために、主観的要素も比較衡量の考慮要素とするのが判例通説である(宇奈月温泉事件)。

賃貸借契約の終了と転借人への対抗(最判平成14年3月28日)(3)

1 事実の概要

 転借人Y(正確には再転借人だが、事案を単純化するため転借人とする)は、賃貸人Xが、賃借人Aからの更新拒絶を理由に、転貸借契約の終了と物件からの立退を求めたのに対し、当該物件によってされている事業が自己にとって重要なものであることを理由にこれを拒否した(正確には破産管財人Cだが、単純者のためY本人とする)。

2 本判例の意義

 本判例には二つの意義を見出すことができ、その一つは基本賃貸借契約が終了した場合の転借人保護の法理形成であり、もう一つは信義則(1条2項)による規範形成の萌芽としての意義である。
 転貸借契約は基本賃貸借契約の存在を前提とする契約であるから、基本賃貸借契約の終了によって転貸借契約も終了すると考えるのが原則である。しかし、転借人がその物件を利用して事業などを営んでおり、それが転借人にとって重要なものであるとき、転借人が関知し得ない基本賃貸借の終了によって当該物件の使用権が履滅する状況に検討の余地がある。
 また、信義則の適用場面は、すでに存在する法規範の具体化及び修正と、規範の存在しない場合の法形成の場面と整理することができるが、本判例は賃貸人の通知義務により転借人保護を実現しようとしている借地借家法34条の修正ともいえるし、34条が実質的に転借人保護の機能を果たしていないことから一般条項による法形成を示したともいえる。

3 基本賃貸借の終了と転借人の保護

 転借人の関知できない基本賃貸借の終了という事由により転貸借も当然に終了するの理屈を貫くことは、転借人が利用する物件で重要な事業を営んでいる場合などを想定した場合、結論が転借人にとって酷ではないかとして検討の余地を生ずる。つまり、判例や学説によって、基本賃貸借の終了によっても転借人の利用を保護する論証を構築するための議論が積み上げられてきた。このような経緯に鑑みれば、その論証の構築において重要な要素は、基本賃貸借の終了原因と、転借人の物件の利用状況にあると考えられる。
 そこで、最高裁は、「賃貸借が賃借人の更新拒絶によって終了する場合、賃貸人が転貸借を承諾したにとどまらず、転貸借の締結に積極的に関与したと認められる特段の事情があるときは、賃貸人は、賃貸借の終了をもって転借人に対抗することはできない」として、借地借家法34条を修正又は一般条項による法形成により転借人保護を図った。
 つまり、最高裁の見解は、基本賃貸借の終了によって物件の使用ができなくなる転借人は、賃貸借の終了原因物件の利用状況を考慮して借地借家法34条の範囲を超えて保護し得るとしていると考えることができる。

4 1条2項による法形成

 一般条項の法形成に当たって考慮すべきことは、第一に一般条項による法形成が必要なのかということである。つまり、他の法規範の類推等によって紛争解決を図れないかを吟味しなくてはならない。そして、一般条項による法形成が必要な場合に、どのような要素に注目して1条2項によるどのような規範形成をするかを考えなければならない。
 本判例では、転借人保護の必要性にも関わらず借地借家法34条が法規範として欠缺していることが学説などで一般に認識されていたことから、転借人保護のための法形成の必要性を認めることができる。そして、最高裁は、本判例のXが、転貸借を承諾したにとどまらず、Yとの本件転貸借契約に加功し、Yによる物件の占有の原因を自ら作出したと認められるのだから、このような特段の事情がある場合に基本賃貸借の終了をもってYに対抗できないと判断した。この点、最高裁は、Xが取引によって自らY占有という状況作出したにも関わらず、これを後から否定するのは禁反言の法理に反するともいえ、権利行使は信義に従い誠実に行われなければならないとする信義則に反し違法としたと考えられ、具体的な事案と1条2項が禁反言の法理という要素によって結びつけられる。

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