道志村のブンさん
神奈川県相模原市青根のよしみ農園のトマト摘み取りバイトで知り合ったブンさんこと築地文博さんは今年76歳。
以前から、道志村にある家に遊びに来なよと誘われていた。
ブンさん曰く昔小学校があったその跡地の裏の教員住宅だった建物を無料で貸してもらい住み着いているということだった。
ごく一般的な小学校、また、社宅のようなものをイメージしていた僕は、家に着くとその佇まいを見るや呆然と立ち尽くしてしまった。
学校とは、小さな分校だった。。
そして、家はその小さな分校の跡地の裏に隠れるように佇む平屋だった。
校舎は壊され、今は村の消防分団署になっていた。
その昔、1人とか幾人かの子供に向かい教壇に立ち、授業が終わったら裏の平家で寝起きしまた次の日を迎えるという教師の暮らしがあったのだろう。
車で迷い込み、小さな空き地を見つけそこにとりあえず停めたその場所が校庭だったようだ。
校庭があまりにも小さい。。
雑草にまみれた鉄棒とブランコが見える。
小さな校庭では、徒競走の際、身体を斜めにして走らないとカーブ出来なかった。
当時を想像するだけでこの静かな山あいにも子供達の笑い声が聞こえてきそうだ。
山を一望できる縁側に招かれ、しばらく景色を見ながら沢山の昔話を聞いた。
とにかく、いつも金は無いが、今は幸せだ。
自分の呼吸で生きている。
残り50円でもなんとかなる。
この山の景色を眺めながら、自作のスピーカーでお気に入りのシャンソンなんかを大音量で聴くのだという。
冬には薪ストーブを焚くから部屋は煤で真っ黒だ。部屋の灯りは暗いけど、山の空気に溶け込んでいてとても良い。
東京多摩地区出身で世界を旅したあと、婚約者と別れ、サーフスキーを作るために平成元年にこの地に越してきたという。
76歳とは思えないパワフルな身体つきだが、永遠の命というものはこの世には無い。
すすけた平屋は、この世界からブンさんがいなくなった後どうなるのだろう。
薄暗い部屋には6匹の猫。
明るく話すブンさんの表情は輝いて見える。
自分の呼吸をしているかい?
人に合わせてばかりじゃないか?
と問いかけてくるようだった。
今度来るときは、皆んなで食材やお酒を持ち込んで賑やかにやろうと約束して、道志村のブンさんの平屋を後にした。
2022.8.7