動物園でしか見たことがないような鳥に「マルコ」と名付けたあの日のこと
あの日、あの森で、動物園でしか見たことがないような鳥に出会った。
その森は、事前に予定していた場所ではなく、「渓谷散策」の流れで、なんとなく辿り着いた場所だ。山の中ではあるが、それほど標高が高い場所ではないので、自分的には「森の中」と言ったほうがしっくりくる。
その森に辿り着くまでの流れは、こんな感じだった。
「良い感じの橋がかかってる、渡ってみよう」
「階段を登ると上にお寺があるみたいだ、登ってみよう」
「お寺の奥に山道があるぞ、行ってみよう」
橋からお寺へ、そしてお寺から山の中へ。人の気配は、まったく無い。
お寺の奥から続く山道は、四方を背の高い杉に囲まれ、淡々と自然音のみが鳴り響いている。なにか、別の世界への入口であるかのようなその場所で、私はいつもより大きめの深呼吸をした。
お寺の奥に山道を発見してから、どれくらい歩いただろうか。15分?20分?感覚的にはそんなもん。そのあたりで不本意ながらも足を止めた。
普段なら、こんな冒険心をくすぐるような場所、先へ先へとグイグイ進んでいくんだけれど、このときは違った。偶然立ち寄った場所だったため、この時点ですでに、”いい時間”だったのだ。
ここでもし日が暮れたら、ヤバい……(自然の本気の暗さを舐めたら、ダメ絶対!)
夕方までは、まだ少し時間があったけれど、潔く前に進むことをやめた。立ち止まったその場所は、少しだけひらけていて、道の真ん中にベタっと座ると、とても居心地の良い場所だった。
杉林の隙間から吹き抜ける風が、昼間の暑さでやられた身体を優しく撫でるように通過していく。
ありがとう、ありがとう。
寝転がって、空を見上げながら、「とくに何も考えない」自分を堪能した。
この場所にどれくらい居座っただろうか。とくに休憩スポットとして存在しているわけでもない、この「名前のない場所」に。とにかくここは、居心地がいい。もし、「この場所に長く居座ったで賞」が存在するならば、間違いなく受賞しているだろう。
そうこうしていると、森の中から「ガサガサッ」という小さな音が聞こえた。いや、正確には、聞こえた”気がした”。
「気のせいかなあ」と、耳を凝らして森の中に目線を送ると、やっぱり「ガサガサッ」という音がもう一度聞こえた。
「なんか、いる……」
私は、これでもかってくらい目を見開いて、体内のすべてのアンテナというアンテナを森の中に向けた。
「いた!」
そこにいたのは、一羽の「鳥」だった。鳥がゆっくり森の中を歩いている。「鳥が森の中を歩いている」は、特段珍しいことではないけれど……
「何あれ?」
見つけた瞬間、そいつが鳥として只者ではないことは、すぐにわかった。普段、その辺で見かける鳥とは明らかにフォルムが違ったからだ。
とりあえずデカい。そして尾が長い、めっちゃ長い。色は全体的に茶系で、赤が差し色として効いている。
胴体よりも長い立派な尾を左右に振りながら、ゆっくり森の中を歩いている。
「なんか、すごいな!」
私は完全に、語彙を失った。
その姿を記録に残そうと、ポケットからスマホを取り出した。日頃から愛用しているカメラには、ズーム機能が備わっていないため、その大事な役目をスマホに託したのだ。
スマホの名前は、iPhone8。
「iPhone8、いつも骨董品なんてバカにしてごめん、お前しかいないんだ、頼んだぞ」
すぐに、録画モードを起動して、ズーム、ズーム、ズーム。
うん、画質は酷いけど、なんとかその姿を捉えることはできそうだ。
画面にしっかり収まっている鳥の様子を確認したあと、すぐにiPhone8から目を切って、あらためて“自分の目”で奴を追う。
「子供の運動会で撮影に夢中になった父親が、その姿を目に焼き付けることができなかった……」みたいな事態は、避けたかった。
*
時間にして、2、3分の出来事だっただろうか。鳥の姿はもうない。
その短い時間で入手できた情報をもとに、奴が何者だったのかをスマホで調べる。
「ヤマドリ」
この姿、形、間違いない。メスは尾が短いらしいので、さっき見たのはヤマドリのオスだ。
Wiki先生によると、それなりに出会うのが難しいらしい。
私は、そのヤマドリに「マルコ」と名前をつけた。
25年来のワンピース愛好家にとって、「鳥=不死鳥マルコ」は自然な流れといえるだろう。(しかも昔から、マルコのこと大好きなんだ“よい”)
マルコが去ったあと、その場には何とも言えない幸福感のようなものが残った。
「なんか、感動したなあ」(やはり完全に語彙は失っている)
きっと、動物園にでも行けば、もっと見た目がすごい鳥なんていくらでもいるだろう。でも、動物園でこれと同じ感動は味わえない。動物が本来、“いるべき場所”で出会う感動は、一味も二味も違うものだった。
「マルコ、ありがとう。君のおかげでこの旅の彩りがグッと濃いものになったよ」
ふと辺りを見渡すと、いつの間にか周囲がほんのりとオレンジがかっている。色が変わったことで、それまで見ていた杉林もなんとなく雰囲気が違う。
「そろそろ下に降りようか」
私は、なんともいえない幸福感と共に、マルコと出会ったこの場所を後にした。
*
あの日から1ヶ月ほどが経った今、こうしてマルコのことを書いている。記憶はまだまだ鮮明で、「思い出す」という言葉が大袈裟に聞こえるほど、スラスラ書いている。
いつの日か必ず、あの「マルコのいる森」に戻りたいと思う。
そして、泣く泣く引き返した、あの「名前のない場所」の先を目指したいと思う。
その時はまた、よろしく頼むよ、マルコ。