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芦田愛菜ちゃん(16歳)の「信じるとは」の回答が秀逸すぎた。【今日のトゥデイ|011】
「毎日ちょっとでもいいから書く」を始めて、今日で11日目です。(これ書いて、続いてるじゃん感を味わっています)
おじさん、感動しました。
「おじさん」なんて、冒頭に付けたくなるほど、対象が若いのです。昨日の夕方までは、他のことを書こうと思っていたのですが、インスタで見かけた切り抜き動画によって、急遽の予定変更。
何かというと、16歳の頃の芦田愛菜ちゃんが、映画『星の子』の完成報告イベントで、「信じるとは」と問われたときの回答が秀逸だったんです。とりあえず、書き起こします。
インタビュアー:信じるとは?
愛菜ちゃん:「その人のことを信じようと思います」っていう言葉って、けっこう使うと思うんですけど、それってどういう意味なんだろう、っていうのを考えた時に、その人自身を信じているのではなくて、自分が理想とする、その人の人物像みたいなものに期待してしまっていることなのかなっていうふうに感じて。
だからこそ人は「裏切られた」とか、「期待していたのに」とか言うけれど、別にそれは、その人が裏切ったとかそういうわけではなくて、その人の見えなかった部分が見えただけであって、その見えなかった部分が見えたときに、あぁそれもその人なんだって、受け止められる揺るがない自分がいるっていうのが、信じられることなのかなって思ったんですけど。
でもその揺るがない自分の軸を持つのって、すごく難しいじゃないですか。だからこそ人は「信じる」って口に出して、不安な自分がいるからこそ、例えば成功した自分だったりとか、理想の人物像だったりにすがりたいんじゃないかなぁって、思いました。
※発言内容を一部省略しています。
いやいやいや、すごくないですか?
16歳ですよ?16歳っていったら、中3か高1だよ。
鼻くそほじって、「学校だり〜」って言いながら、毎晩友達と夜遊びするのが16歳のデフォルトじゃないんですか?(お前と世の中の16歳を一緒にするな)
いやあ、参りました。尊敬。
動画がYouTubeにあったので、貼っておきますね。
今日も、おはようございます。
この回答に触れたおじさんの反省の弁は、また今度。
【今日の一枚】
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