幸せなねむり【創作】
「ねえ、まだ起きてる?」
「ああ、……眠れなかった?」
「うん、……ごめん」
「どうして、ほら、来なよ」
「……」
「そんなに心配しなくていいよ。眠くなったら寝よう。……俺もその後寝るから」
「そう……? そうしてくれると……」
「うん、大丈夫。ほら、なんか見ようか」
「うん、でも、今は……」
「そう? 昨日調べたやつは?」
「……」
「そっか、じゃあまた今度だね」
「うん、……」
「いいよ、気にしなくて。まあ座ってようか」
「うん。……ごめんね」
「また謝る。気にしてないよ。……大変だよな、毎日」
「ありがとう、でも、もう……」
「そうだね。……静かにしてよう」
「こないだ送ってくれた本ね」
「ああ、あれ、雑貨のやつ?」
「うん、予約したんだ」
「ああ、そうなんだ。梨子、好きかなって思って。似たような本持ってるよね」
「うん、雑誌の特集の。あの日、スマホ見てすぐ寝ちゃったから、言えなかったんだけど」
「そうだね。届いたらいっしょに読もう」
「うん、楽しみ」
「今日は髪のケアはできた?」
「あ、まだだ。……忘れてた」
「そう? することないんだったら、今しちゃったら?」
「うん、でも……」
「見られるとやりづらかったら、俺部屋行ってるし」
「ううん、違うの、……なんて言ったらいいかな」
「……いいよ、ゆっくりで」
「うん、えっと……ほんとは多分忘れてたわけじゃなくて、やらなくちゃって思ってたんだけど。でも、他にしなくちゃいけないことがいっぱいあるからって思って……」
「そっか、じゃあ……気にしなくていいよ、……って言っても、気になるだろうけど」
「ううん、いいから、……いいから、ここにいて」
「あ、ほら、やっぱり聞こえない?」
「聞こえないって……? なんのこと?」
「ほら、窓の外で、多分家の上で鳴ってる……」
「そんな音しないよ……ああ、なんだ、エアコンの音だよ、今日はまだつけてるから」
「ううん、だって昨日も同じ音だったんだよ」
「梨子、……きっと疲れてるんだよ。大丈夫、耳鳴りだよ。……ほら、もう聞こえなくなったでしょ」
「……」
「大丈夫、大丈夫。……明日になればきっとなくなるよ。ゆっくり眠れば、嫌なこともなくなるよ」
「うん、全部なくなってほしい、ぜんぶ……」
「梨子」
「……嘘だよ。ごめん」
「圭くんさ、またお皿も洗濯物も洗ってくれたでしょ」
「ああ、うん。今日暇だったんだよ、たまたま」
「……」
「信じてないな? ほら、今もなにもしてないし。……でもさ、梨子がこんなに忙しそうなのに、俺は梨子を手伝ってあげちゃいけないの?」
「あ、ううん、……ありがとう。でもさ……」
「……いいよ、なに?」
「今日だって、私、帰ってきてから自分のことしかできてないよ」
「でも、それは」
「ううん、圭くんがしてくれることが嫌なわけじゃないの。ただ、圭くんに頼ってるうちに、私ひとりじゃなにもできなくなってしまいそうなの」
「わかるよ、梨子。でもそれは、これが終わったら、……仕事が一段落してからにしよう。来週の土日は、もう休めるよね? 俺も大丈夫だから」
「うん……」
「その時にゆっくり話そう、ね」
「……うん」
「圭くん、……まだ起きてる?」
「うん。……そんな、寝ないよ、ひとりで」
「あのさ、電気つけてもいい? いま何時か……」
「……やめとこう、また不安になるだけだから」
「でも……」
「大丈夫だよ、目覚ましかけてるんだよね? 俺もちゃんと起こすから。……ちょっとでも寝れば、また頑張れるよ」
「うん……うん、そう思うしかないんだね。……でも、……」
「……」
「もう、つらいのはどうしようもないの? 明日も起きなくちゃいけない?」
「……」
「ねえ、圭くん。……もう頭も働かないから、休みたいよ」
「わかってる、わかってるよ。……ガマンしてくれよ、お願いだから」
「でも、……でも、つらいのはわかってくれる?」
「わかってるよ。……最初から」
「圭くん」
「なに?」
「きっとさ、映画も、美容も、仕事も、眠りも、ぜんぶ私だけのためのものだったんだね。私にはなんの価値もないんだね……」
「どういう意味? ……ああ、寝たのか。……よかった」
(了)