お世話係は規格外

 瞼を閉じていても感じる眩しさに、まだ目覚め切らない頭で朝が来たのだと理解した。そこで小さな疑問が浮かぶ。
 ……はて、いくら疲れていたといっても、カーテンも閉めないで寝たんだっけ? それともカーテンが役に立たないくらいに太陽は威力を増しているんだっけ? (そんな馬鹿な)
 身を起こすと、やっぱりカーテンは開いていた。とりあえず、太陽光増強説ではなかったみたいだ。
目の端でせわしなく動く何かを捉えた。
見てみると、昨日より低い位置で結んである髪を腰まで垂らし、テーブルに朝食を並べているシグルドの姿があった。

「……ッ!」
「あっ! おはようございます」

 どうして部屋に居るのか、と呆気にとられていた私。そんな私に、シグルドは何もなかったかのように陽気に朝の挨拶をした。

「良い天気ですね」
「良い天気ですね、じゃない! なんでここに居るの?」
「朝食の準備をしていました」

 悪びれる様子もなく、実に良い笑顔で言い切った彼。どうも、私が思っていたお姫様と世話係の関係からずれている気がする。
 というか寝ている間に部屋に入ったのか……いいの? この国の警備はそれでいいの? あ、世話係だからいいのか。…………いいのか?
 魔法使いさんはシグルドを信用しているみたいだったけど、私にはそうは思えない。

「ふぅん……まぁいいや」
「何がですか?」
「こっちのこと。……それより、今日の朝食は……ッ!」

 私は用意された朝食に目を向けたまま、言葉を失った。
 やはり、というかなんというか……朝食は実に豪華なものだった。数多くのお皿には大量のおかずが輝いている。輝いて見えるのは、窓から差し込む太陽の光のせい……のはず。でもそれすらも、計算されつくされていたように見える。
 ふと疑問が浮かぶ。どうして自室で食べることになっているんだろう? 昨日のお父様の話だと、城の中には『会食堂』があるみたいなのに、そこを利用せずにそれぞれ部屋で食べるなんて変な感じ。

「シグルド、あのさ」
 私は本当の『ヒメカ』でないことが悟られないよう細心の注意を払って、言葉を紡いだ。

「なんですか?」
「私って、いつから自室でご飯を食べるようになったんだっけ?」

 シグルドはうーん、と唸って顎に手を当てた。

「……僕がここに来る前の話なので詳しくは知りませんが、お妃様がまだ元気だったころは三人そろって食事をされていたと聞いています」

 私は、ふぅん、と気の抜けた返事をした。お妃様……か。
 昨日王の間に行った時には王様しかいなかったから、もしかしたらとは思ってたけど、どうやら亡くなっているらしい。
 そう考えて、『ヒメカ』が少し不憫になった。
 あの頑固で全く融通のききそうもない人が父親で、母親は亡くなっている。さらには政略結婚……。がんじがらめで、何の楽しみも味わえなさそうな人生だ。

「ヒメカ様、たまにはお妃様のところに顔を出してあげて下さい。きっと……元気になるでしょうから」
「……は?」

 それは、私にあの世に行って来い(遠まわしに死ね)、って意味……? 私、なにかシグルドの気に障るようなことしたっけ? 
 チラッとシグルドの顔色をうかがう。……いやいやいや、そんなわけない。シグルドはいたって真剣な表情だ。
 まっすぐに私を見つめる様子は、冗談を言っているようには見えないし、何よりも、シグルドがそんな人を傷つける可能性のある言葉を言うはずもない。……となると、まさか――

「お……お母様は今、どこにいるの?」
「ご自分の部屋にいらっしゃると思いますよ」

 やっぱり、生きてるのか! 驚きが口から漏れないように慌てて口を押さえた。
不謹慎かもしれないけど、生きていたことに心底驚いた。元気がないということは何か病を患っているのだろう。

「――私、行ってみようかな?」

 お妃様には申し訳ないけど、心配よりも好奇心の方が強かった。この世界の『お母様』に会ってみたい。
 そんな思いからシグルドに申し出ると、

「では後ほど、ご案内いたします」

 微笑みながらそう言った。

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